瞑想の手引き

瞑想

 

瞑想の手引き(A4印刷用)

はじめに

 

この瞑想の手引きでは、ヨガの理論を元に、これから瞑想を始めようと思っている初心者に向けて瞑想を解説していきたいと思います。また、日常生活の中で実践しやすい方法についてもお話ししたいと思いますので、瞑想にご興味のある方は少しお付き合いいただけると幸いです。

まず、皆さんは「瞑想」と聞くとどのようなイメージを持たれるでしょうか? 仏教の座禅のように「座って無心になるもの」とか、中には「瞑想は宗教的で怪しい」と考えている方もいらっしゃるかもしれません。

近年、マインドフルネス瞑想などの影響で瞑想は少しづつ認知を広げてきたように思います。しかし、「瞑想とは何をするものなのか?」と聞かれると、上手く答えられないのではないでしょうか。また、「座って目を閉じてはみたけど、それからどうすれば良いか分からない」といったご意見もよく耳にします。

まず、瞑想はただ我慢して長時間座っていれば良いというものではありません。座っていればいつの間にかストレスがなくなってしまう訳ではありませんし、集中力が増していく訳でもありません。ですから、「瞑想とは何か」「何のために瞑想するのか」という瞑想の意味をよく理解したうえで取り組むということがとても大切なのです。

それでは、これから瞑想の目的や方法について解説していきたいと思いますが、その前にまずは心にはどのような問題があるのか、その中でも特に思考が起こす問題について考えてみたいと思います。

 

⒈ 思考の問題

 

ヨガの瞑想で扱う対象は心です。その中でも今回は主に思考(マインド)の問題を扱っていきます。思考、つまり考えることは私たちが日常的に最もよく使っている心の働きではないでしょうか。しかし、思考をよく使っているからといって、うまく使えているとは限りません。日常的な心の動きを観察すれば、私たちはむしろ思考に振り回されていて、考えたくもないことをずっと考え込んでしまっていたり、考えすぎてかえって問題を複雑にしてしまうことがあるからです。また、寝る前に仕事の事などを考えてしまってなかなか寝付けなかったり、ネガティブな想像ばかり繰り返して落ち込んでしまうこともあります。

では、なぜこのような心の問題が起きてくるのでしょうか。それは、私たちが思考の動きをコントロールするということほとんどしていないので、思考が好き勝手に動いてしまっているからです。日常的な思考の主な働きには「比較すること」や「分析・予測すること」がありますが、こういった思考の働きは自分で意図的に行なっているように思うかもしれませんが、実は思考自体が勝手に比較や分析を行なっているのです。つまり、思考はそれ自体独自で動いていて、私たちの心を非常に落ち着きのないものにしてしまっているのです。

この思考の動きについて、まずは「比較する」という性質から例をあげて考えてみましょう。会社で仕事をしていると周りの人の仕事ぶりが気になります。仕事の遅い人を見ると、「私はこれだけ仕事を進めたのに、あの人は全然できていない。同じ給料なのに」と怒りがわいてきたり、「あの人は私よりも仕事が進んでいる。私にはあんなに器用に仕事ができない」というように劣等感を感じたりします。

それでは、このように思考が動いたときの様子を観察してみましょう。このとき、あなたは本当に自分の意志で比較を始めたと言えるでしょうか? その人を見ると勝手に思考が動き出し、いつの間にか頭の中で比較が始まっていると言った方が正確ではないでしょうか。

こういった思考の動きは、日常生活の中でよく目にする光景ではないかと思います。車を運転していれば「あの車はうちの車より高級だな」とか「あれは安い車だ」というように比べていたり、「あの人はお金持ちだな」とか「あの人は貧乏そうだ」などと、収入や社会的地位、ファッションや容姿など様々な比較が無意識のうちに生じていることが分かります。つまり、本質的には私たちは自分で比べようとはしていないのに、その人を見た瞬間に思考が勝手に比較を始めていて、その結果、劣等感や優越感を感じているのです。

さて、以上は思考の比較する性質についてでしたが、次に分析する性質について例をあげて考えてみましょう。

LINEで気になる異性を遊びに誘いました。メッセージは既読になったのですが返事がありません。すると、「なんで返事が遅いんだろう。遊びたくないのかな。もしかして私のことが嫌いで無視しているのかもしれない」というように様々な憶測が起こってきます。そして、こうした思考は返事が返ってくるまで何度も繰り返され、不安で落ち着かない時間を過ごさなければならなくなります。

別の例も考えてみましょう。仕事でミスをして上司に怒られてしまいました。自分のミスを反省することは良い事ですが、その後も「何であんなミスをしてしまったんだろう。上司は自分のことを仕事の出来ないやつだと思っただろう。もしかしたら嫌われてしまったかもしれない」というように思考が止まりません。家に帰る途中や食事中、寝る前にもその事が想起されて、なかなか寝付く事ができなくなったりします。

私たちは考えれば考えるだけ答えに近づくという、ある種の思い込みを持っています。しかし、メールの返事が遅い理由や相手の気持ちについて考え続けたとしても答えが出るわけではありません。こういった思考は、何度繰り返しても結局は妄想にしかすぎませんから、本質的にはムダな努力と言えます。しかし、その問題が想起される度に考え込んでしまい、その思考を止めようと思ってもなかなか止める事ができないのです。

このように、私たちは自分の思い通りに思考を使っているのではなく、思考は自分の意志とは別に動いているのです。したがって、考えているのは私ではなく、思考という別の存在が心の中で勝手に比較をしたり分析を行なっているという観点を持ってみましょう。このように少し距離をとって思考の性質を観察してみると、思考には次のような問題があることが分かります。

① むやみに他人と比べることは私たちの幸福感を下げる

 

私たちは他人と比べることで優越感や劣等感を感じます。例えば、「周りはみんな結婚しているのに自分は結婚できない」とか「他の家庭はお金持ちばかりなのにうちは貧乏だ」というように他人と比べることで感じる劣等感は、当然ながら自分の幸福感を下げてしまいます。ですが、他人と比べずに「今は仕事が楽しいから私は幸せだ」とか「お金はないかもしれないけど、家族が仲良く暮らせているのだから十分だ」と思うこともできるわけです。つまり、わざわざ自分から他人と比較して不快な思いをする必要はないのです。他人と比べずに今感じている喜びに目を向けたり、今あるもので満足することで人生の幸福感を上げることができます。

次に比較から起こる優越感について考えてみましょう。優越感は私たちにある種の快感を与えてくれます。しかし、この優越感によって得られる快感を優先すれば、見栄をはるために無理をして高価なものを買わなければいけなくなったり、他人を見下したり上下関係をつけたりして、自然な振る舞いができなくなってしまいます。また、「この人達より私はお金持ちだ」と思って優越感を感じても、さらに自分よりもお金を持っている人に出会えばまたそこで劣等感を感じることになります。そのように他人との比較を続けたところでキリはありません。仮に世界一のお金持ちになったとしても、「こんなに仕事ばかりしていないで家族と過ごす時間がたくさんある人の方が幸せだ」と思考が別の比較を始めてしまえば、結局は劣等感を感じることになるのです。

このように考えたとき、私たちはむやみに他人と比べずに、何か他人と比較するような思考が起こった時にはできるだけ考えないようにした方が快適であるということが分かります。

 

② 思考の精度は低い

 

もう一つの問題は、思考の精度はそれほど高くないという点です。

例えば会社の会議でプレゼンをしなければならないとき、「批判的な事を言われるんじゃないか。準備不足を指摘されるんじゃないか」と色々と考えて不安になります。しかし、実際に会議が終わってみると、前日に色々と心配していた事はほとんど起こらなかったことに気がつきます。つまり、思考が予測していることはそれほど正確には起こらないのです。

電車が遅延して遅刻しそうになったとき、嫌なニュースを聞いたとき、台風が近づいているときなど、何か問題が起きそうになる度に不安から様々な心配をしてしまいますが、実際は思考の想定通りになるということはほとんどありません。ですから、あんな事やこんな事が起きるんじゃないかと深刻に悩み始めたら、「思考がまた勝手に妄想をはじめて自分を不安にさせている」と客観的に捉えて、それ以上思考の声を聞かないようにすれば不安は解消されるのです

 

③ 実際は起こっていないのに、それが起きたかのような不快感を感じてしまう

 

そして、これが思考の大きな問題なのですが、このように思考が様々な妄想をしているとき、実際はそれがまだ起きていないにもかかわらず、今起きているかのように緊張したり不安になったり、イライラを感じたりしてしまうことです。

例えば、前述した会議でのプレゼンの場合、「プレゼンがうまくいかないかも、こんな質問されたらどうしよう」と考えているとき、自分が実際にそのような局面に立たされているかのように不安や緊張感を感じるのです。また、気になる異性を遊びに誘ったのに返事が遅い場合でも、「私と遊びたくないのかな。もしかして嫌われているのかな」と考えたとき、すでに嫌われてしまったり振られてしまったかのような悲しみや失望を感じてしまっているのです。

このように、思考が妄想をしているとき、心の中にはそれが実際に起きているかのような臨場感が作り出され、不安や悲しみなどの感情が起こります。実際、思考が作り出す妄想によって本気で怒り出したり、不安になって人付き合いをやめてしまったりすることもあります。つまり、「もしこんな事が起きたらどうするんだ!」と怒っている人は、まだ起きていないことを思考の世界の中で擬似体験しているので、本気で怒り出してしまうのです。

このように、思考が作り出す不用意な想定が生み出す感情に振り回されてしまえば、人間関係に大きな混乱をもたらすでしょう。そして、こういった問題は比較的よく起きているのです。

 

④ 考えている間はリラックスできていない

 

私たちがいろいろ心配したり不安になっているとき、体は緊張状態にあります。お風呂に入ってリラックスしているときのことを想像してみてください。このとき思考は止まっていて、お湯の心地よい温かさやゆったりとした呼吸を感じているはずです。もし、お風呂に入っている間もずっと心配事や仕事の事を考えていたら、リラックスした時間を過ごすことはできないでしょう。思考が心の中に臨場感のあるイメージを思い描いているとき体は緊張状態になっているからです。したがって、リラックスして休みたいと思えば、思考が止まっている必要があるのです。

 

さて、以上のように考えれば、思考はできれば必要以上に使わない方が良いということが分かります。もちろん、思考を全く使わないということはできません。人と話したり、買い物をしたり、また、何か問題を解決したり、企画を練ったりするときも思考を使うからです。むしろ、仕事をしているときなどは、集中して思考を使わなければいけません。

したがって、思考は使うべきときには集中して使い、必要のないときは出来るだけ止めておくということを心がけることが大切なのです。この思考の上手な使い方をマスターするために、瞑想のトレーニングが必要なのです。

 

⒉ 思考を止める

 

これまで思考を使うことの問題点について考えてきました。今度は、必要のないときに思考を止める方法について考えてみましょう。ここからが瞑想の具体的な内容になります。

まず、思考は自分で止められるものでしょうか? 思考は止めようと思ってもすぐまた動き出してしまいます。思考の動きをコントロールすることは非常に難しいのですが、結論から言えば、思考は自分では止められないということになります。なぜ止められないのかという点について少し解説します。

ヨガの心理学では、思考は物理的な運動であると捉えます。例えば、私たちの体には心臓の動きや血液の流れがあります。これらは自分の意志で動かしているわけではなく、自然の力によって動いています。もし自分が意識的に心臓を動かしているとすれば、寝てる間に心臓が止まって死んでしまうかもしれませんが、そうはなりません。つまり、私たちが意識的には動かしていない自然の力(プラーナ)が血流を作っているのです。

思考も同じように、意図的に動かしているのではなく、何か思考対象が現れたときに自然と動くものなのです。この点についてはすでにお話ししていますが、もう少し考えてみたいと思います。

例えば、寝ているときに夢を見ます。寝ているときは覚醒(かくせい)しているわけではないので、「よし、これから考えてみよう」と思考を意図的に使うことはありません。しかし、夢を見れば自然と思考が動いていることが分かります。嫌な夢を見たとき、目覚めた後で散々夢で悩まされたなということが分かるからです。つまり、意図的に思考を使っていない睡眠状態でも、思考は動いていることが観察されるのです。したがって、思考は私たち自身が意図的に動かしている訳ではなく、思考自体が独自で動いているということになります。

それでは次に、思考を止める方法についてお話ししていきたいと思います。呼吸を例にあげて考えてみましょう。私たちは生まれてから今この瞬間まで休むことなく呼吸を続けています。今少し呼吸に意識を向けてみてください。呼吸を感じる事ができますよね。しかし、私たちは四六時中呼吸を意識して生活しているわけではありません。例えば、映画に夢中になっているときは呼吸を感じることはありません。ですが、その間呼吸が止まってしまうわけではないのです。つまり、呼吸をしていても、あなたの意識が別の対象に夢中になっているとき、あたかも呼吸は存在しないかのように感じられるのです。

このことを思考の動きにも当てはめてみましょう。もちろん、私たちはずっと考え続けている訳でなく、考えているときと考えていないときがあります。例えば音楽を聞いているとき、その音だけに集中していれば思考の動きを感じことはありません。しかし「この曲は誰の曲だったかな」とか「この曲は昔恋人とよく聞いたな」というように思考対象が現れると思考は動き出します。そうすると、今度は音楽があまり耳に入ってこなくなるのです。

このようなやり取りは普段無意識に行っていますが、これを意識的に行うのが瞑想です。つまり、思考を止めたいと思ったら、思考自体を止めようとするのではなく、思考以外の対象に集中して思考が止まっている(正確に言えば思考が意識されない)状態を作り出せば良いのです

 

⒊ 瞑想の実践 意識のチャンネル

 

それでは、瞑想の具体的な方法について解説していきます。

まずは、楽な姿勢で座ってみましょう。必ずしもパドマーサナ(あぐらの姿勢)で座る必要はありません。背もたれのある座椅子や椅子に座っても大丈夫です。ただ、体を横にしてしまうとすぐ眠くなってしまうので、上半身はまっすぐ立てておくようにします。目は少し開けて床の方を見るか、目の力を抜いて軽く閉じます。上半身の力を抜いてリラックス、顔や肩の緊張も解いていきましょう。

それでは、今あなたの意識にはどんな対象があるでしょうか。知覚できるものをあげてみたいと思います。

 

  • 音 … エアコンのかすかな音、外を通る車の音、鳥の鳴き声、風でざわめく木々の音など、耳をすませば何か音が聞こえるかもしれません。
  • 視覚 … 目を完全に閉じていなければ、目の前にある床などがぼんやり見えています。
  • 体の感覚 … 風が肌に当たる感覚、体温の暖かい感覚などがあります。
  • 匂い … アロマオイルやお香などがたかれていれば良い匂いがします。
  • 呼吸 … 息を吸い込んで吐き出す呼吸の出入りが感じられます。
  • 思考 … 何か予定を思い出したり、悩み事を考え始めます。
  • 痛み … 足がしびれて痛くなったり、体が疲れてくると「早く終わらないかな、もう休みたいな」という欲求が起こります。
  • ビジョン … 瞑想中に森の中や草原、海など様々な映像が浮かんで来ることがあります。あるいは、目を閉じているのに光を見たり、暗闇の中で浮いているような体験をすることもあります。

 

環境やその人の性質によっても多少異なりますが、だいたい以上のようなものではないでしょうか。瞑想で大切なのは、瞑想中どの対象に意識を合わせておくかということです。この意識の対象の変化を意識のチャンネルと呼びます。つまり、瞑想中に思考を止めてリラックスしようと思えば、思考以外の対象に意識のチャンネルを合わせれば良いのです。先程、心臓の動きや呼吸のように思考は止められないというお話をしましたが、私たちにできるのは思考を止めることではなく、意識のチャンネルを変えることだけだ、ということをよく理解しておくことが大切です。

瞑想中は出来るだけ思考から離れておくことを心がけ、①音〜⑤呼吸に集中して、⑥思考が意識されない状態を作っていきます。まずは⑤呼吸に集中し、そのあと①音に集中して風の音や鳥の鳴き声などを聴いたり、③の体温や呼吸によって生じるお腹の動きなどに集中してみましょう。①〜⑤の中で意識のチャンネルをずらしてもかまいませんが、とにかく⑥思考にはチャンネルを合わせないようにします。

さて、以上のように⑥思考から離れて、①音〜⑤呼吸までの感覚にとどまっていればリラックスした瞑想状態を保つことができるのですが、そこにはいくつかの問題があります。次は瞑想の注意点について考えてみましょう。

 

⒋ 瞑想の注意点

 

まず、⑦痛みについて考えてみましょう。無理にパドマーサナの姿勢をとると、まだ慣れていない方は数分で足がしびれてきます。また、背中の筋力や柔軟性がなければ上半身がぐらついたり、背中が痛くなったり、疲れが出てしまいます。体に疲れや痛みが現れると「まだ終わらないのかな。早く足を楽にしたいな。疲れたからもう休みたいな」という欲求が起こり、思考が動き出します。皆さんも初めて瞑想をした時は、こういった経験をしたことがあるのではないでしょうか。痛みが起こると思考が活発になり、意識のチャンネルを呼吸に集中し続けることができなくなります。

この問題については、単純に体の準備が出来ていないということが原因です。パドマーサナで足がしっかりと組まれると下半身は安定し、上半身を直立させやすいので長時間瞑想するためには非常に優れた座り方ですが、この姿勢で楽に座るためにはある程度ポーズの練習が必要です。ですから、最初は無理に形にこだわらずに、体に痛みや疲れが出たらそこでやめるか、周りを気にせずに姿勢を変えてみましょう。そして、あまり長い時間ではなく5分〜10分程度にしてみると良いでしょう。

続いて、⑧頭の中のビジョンを見ることの問題について考えていきます。瞑想をしていると、様々な景色や現象などを見ることがあります。これは個人差があるので、全く見ないという方もいらっしゃるかもしれません。こういうビジョンを見る一つの理由として、ビジョンを見たいという願望があることが考えられます。つまり、瞑想は神秘的な体験をするものだという思い込みがあって、そういった体験を探しているのです。しかし、こういった期待を持って瞑想をすると「何か不思議な体験ができないかな。いつ変化が起こるだろう。あの人はあんな体験したと言っていたけど、私にも起きないかな」というように思考が活発になり、本来リラックスするための瞑想は逆効果となってしまいます。ですから、瞑想するときはただ呼吸や体の感覚に集中するようにしましょう。

また、もしこういった体験が起こっても、それに囚われないようにしなければいけません。こういった体験によってかえって心に問題を抱える場合が多いからです。瞑想は、日常生活の中で必要以上に活動している思考を手放してリラックスするもの、として取り組むことが大切です。

 

⒌ 瞑想のトレー二ング

 

以上で瞑想のやり方について解説しました。瞑想中は意識のチャンネルを特定の対象に集中するということを練習していきます。しかし、瞑想を始めてみると、「呼吸に集中しようと思っていたのに、いつの間にか考え事を始めてしまっていた」ということを経験されるのではないでしょうか。意識のチャンネルを呼吸に合わせようとしても、いつの間にか思考に切り替わってしまうからです。

このように、私たちがある対象に意識のチャンネルを止めておくことは簡単ではありません。ですが、この力は練習で鍛えることができます。そして、この意識のチャンネルを長い時間合わせておく力をつけることが瞑想のトレーニングです。この練習によって集中力を高めることができるのです。

瞑想に慣れてくると、意識のチャンネルは簡単に切り替わらなくなり、この事に集中しておきたいという場合には、その対象に集中しやすくなります。また、ちょっと考えすぎているなと感じたら、いつでも思考から意識のチャンネルを変えられるようになり、余計な思考を手放すことができるようになります。このように、瞑想のトレーニングを通して、集中したい時には集中できるように、考える必要のない時にはすぐ思考から離れる事が出来るように瞑想を練習してみましょう

 

⒍ 日常生活の中で

 

それでは最後に、日常生活の中で具体的に瞑想をどのように活用していくかという点についてお話ししておきたいと思います。

瞑想を続けることは簡単ではありません。「瞑想のやり方はなんとなく分かりましたが、忙しい日常生活の中で座る時間なんてありませんよ」というご意見をよくいただきます。いつも何かの用事に追われている現代の私たちの生活の中で瞑想の時間を取ることはなかなか困難です。1日10分ぐらいは座ってみようと思っても、その時間すら作ることができないという方は意外と多いのではないでしょうか。

ですので、私がお勧めしているのは日常生活の中の動きを瞑想に置き換えていく方法です。瞑想の実践の章では、瞑想中は呼吸に意識のチャンネルを合わせて思考を止めるということを目的としていましたが、この対象を呼吸ではなく、日常生活の中で生じる動き、歩くこと食べること、あるいは掃除や料理をしたり、ジョギングやヨガなどでも良いですが、その際にできるだけ体の感覚や動きに集中して不要な思考を手放すようにするのです。その動作や呼吸に集中して思考を止めることができれば、これもまた瞑想になります。

 

  • 歩くとき、体の動きや呼吸、周りの音などに集中して思考を手放す。
  • 掃除をしたり、食器を洗う動作などに集中し思考を手放す。
  • 仕事中に何も考える必要のない作業があれば、その動きに集中する。
  • ヨガなどの運動をしているとき、体の動きや呼吸に集中して思考を手放す。

 

このように、瞑想は座ってするものだと硬く考えずに、できるだけやりやすい形で日常の中に取り入れてみてください。日常生活の動作を瞑想に置き換え、考えている時間を減らしましょう。考えすぎているなと思う方は、通常の半分ぐらいまで思考の量を減らす努力をしてみると良いでしょう。考える時間が減ると疲れにくくなり、快適な時間を過ごすことができるようになります。

 

あとがき

 

今回この冊子で紹介した瞑想のトレーニングは、思考を自分の意志で自由にコントロールすることを目的としています。ヨガの観点から見れば、現代人の多くは全く思考を上手く使えていません。いつも何か考え事や心配をして疲れていたり、不用意に人と比較して劣等感を感じたり、私たちは思考を使っているというよりは思考に使われていると言った方が正確なのではないでしょうか。

このような意味で、思考の使い方は現代の私たちにとって特に必要とされる能力ではないかと思います。この瞑想のトレーニングは、まず思考を自分の道具として客観的にとらえ、自由に使っていくということを目的としています。

思考は、例えば包丁のようなもので、美味しい料理を作って人を喜ばせることもできれば、それによって相手を傷つけたり、あるいは自分自身を傷つけてしまうこともあります。ですから、とにかく考えすぎるという現代人の傾向は、やたらに刃物を振り回しているような危険な状態であるとも言えるのです。使わないときには手から離しておく、そして必要な時にはちゃんと使うというテクニックを身につけることが大切なのです。この方法を瞑想のトレーニングを通して身につけることができます。

無理をする必要はありません。ご自身のできる範囲で瞑想に取り組んでみてください。この瞑想の手引きが、少しでも皆さまの心に平安をもたらすものであれば幸いです。

 

©2020 Naoto Okamoto 本テキストの無断転載を禁止します

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