はじめてのバガヴァッド・ギーター

書籍

『バガヴァッド・ギーター』の成立は一世紀ごろとされ、ヨーガの根本経典であると同時に、キリスト教における聖書や、仏教における仏典と同じく、ヒンズー教徒たちにとっての聖典でもあります。特に、この本の中に出てくるクリシュナという人物は、ヒンズー教で信仰されているヴィシュヌ神の化身であり、現在でも多くの人に敬愛されています。また、古代から多くのバラモンやグル(ヨーガの指導者)たちが『バガヴァッド・ギーター』の注釈書を書いてきたことが、この本のインド思想における重要性を表しています。
このように、『バガヴァッド・ギーター』はインドで非常に親しまれている経典であるという一方で、内容が非常に難しく、多くの読者の理解を妨げているという問題があります。本書ではヴェーダーンタと呼ばれるヒンズー教の中心思想を、仏教などの立場と比較しながら初めて『バガヴァッド・ギーター』を読む方に向けてやさしく解説していきたいと思います。

 

目次

はじめに
バガヴァッド・ギーターの物語
1章 アルジュナの苦悩
2章 不死の魂
3章 カルマ・ヨーガ
4章 ジュニャーナ・ヨーガ
5章 行為の放棄
6章 ヨーガの実践
7章 万物のなりたち
8章 ブラフマンの知識
9章 創造主としてのクリシュナ
10章 イーシュヴァラと魂の起源
11章 クリシュナの真の姿
12章 バクティ・ヨーガ
13章 プラクリティとプルシャ
14章 グナからの解放
15章 不滅の境地
16章 神的な人と阿修羅的な人
17章 三つのグナ
18章 無執着と放棄
おわりに
用語解説
参考資料

 

はじめに

それではこれから、インドの古典の中でも最もよく知られている『バガヴァッド・ギーター(神の詩)』を読んでいきたいと思います。内容が難解な部分もありますので、本文と合わせて解説を加えながら進めていきます。また、インドの古い言葉でサンスクリット語の用語は、一部訳さずにそのまま使いたいと思います。例えば、アートマン(自己)やブラフマン(宇宙の根本原理)などは、普段は聞きなれない言葉かもしれませんが、これらはインド哲学における主要な用語なので、そのまま覚えていただければ理解が深まると思います。巻末に用語解説を載せていますので、そちらを参考にしながらお読みください。

『バガヴァッド・ギーター』の成立は一世紀ごろとされ、ヨーガの根本経典であると同時に、キリスト教における聖書や、仏教における仏典と同じく、ヒンズー教徒たちにとっての聖典でもあります。特に、この本の中に出てくるクリシュナという人物は、ヒンズー教で信仰されているヴィシュヌ神の化身であり、現在でも多くの人に敬愛されています。また、古代から多くのバラモンやグル(ヨーガの指導者)たちが『バガヴァッド・ギーター』の注釈書を書いてきたことが、この本のインド思想における重要性を表しています。

このように、『バガヴァッド・ギーター』はインドで非常に親しまれている経典であるという一方で、内容が非常に難しく、多くの読者の理解を妨げているという問題があります。その理由はいくつかありますが、まず一つは、この本が『マハーバーラタ』という叙事詩の一部を切り抜いたものだという点です。『バガヴァッド・ギーター』の物語は戦場の場面から始まりますが、なぜ戦争が起きているのかは本文の内容から読み取ることはできません。また、アルジュナやクリシュナをはじめ多くの名前が出てきますが、それらの登場人物のキャラクターや関係性も明かされないのです。ですから、皆さんが『バガヴァッド・ギーター』を物語として読もうと思えば、『マハーバーラタ』を読むか、その解説をふまえて読む必要があるのです。

しかし、『バガヴァッド・ギーター』はその物語を楽しむというよりは、その中で語られるヨーガの教えが主題ですから、一旦は物語として読むことはあきらめて、ヨーガやヒンズー教の思想として学ぶことはできるでしょう。ただ、このように視点を変えてみても、読者はまた一つの困難に出会うことになります。それは、このヨーガの教えを伝えるクリシュナの哲学体系が非常に難解であるという問題です。『ギーター』で説かれている哲学体系のことを「ヴェーダーンタ」と呼びますが、ヴェーダーンタは抽象的な哲学であり、またいくつかの宗派に分かれているので、その真相を探るのがとても難しいのです。

日本ではヒンズー教がほとんど見られないので、「ヴェーダーンタ」という言葉についてあまり聞いたことのない方も多いのではないでしょうか。ヴェーダーンタの「ヴェーダ」は「知識」という意味で、ヴェーダ聖典のことを指し、「アンタ」は終わりを意味します。つまり、ヴェーダ聖典の後期に属する哲学的な部分、特にヴェーダの最終的な結論、奥義と呼ばれるような哲学をヴェーダーンタと呼びます。

ヴェーダ聖典はバラモン教の聖典です。紀元前1500年ごろにアーリア人と呼ばれる異民族が中東からインドに侵入してくる過程でバラモン教が形成され、そこで成立したとされています。そのヴェーダ聖典の後期のもの、おおよそ紀元前1000年〜紀元前500年ぐらいに成立した聖典を「ウパニシャッド」と呼びます。ウパニシャッドは「近くに座る」という意味で、秘められた教えを師匠から学ぶことを意味します。

この「ウパニシャッド」と呼ばれる聖典の中で説かれている教えがヴェーダーンタです。ウパニシャッドには、『チャーンドーギヤ・ウパニシャッド』や『カタ・ウパニシャット』、『マンドゥーキヤ・ウパニシャッド』など数多くありますが、分量も多く内容も複雑なので、バラモンと呼ばれる僧侶階級以外は簡単に学べるものではありません。ではどのようにヴェーダーンタを学べばよいのか、その方法がこの『バガヴァッド・ギーター』であり、ここで説かれているクリシュナのヨーガの教えは、ウパニシャッドの総合的な内容でもあるのです。つまり、ヴェーダーンタの教えについて学びたいと思えば、とにかく『ギーター』を読んで勉強すれば良いわけですね。『ギーター』に登場するクリシュナは、ヒンズー教の神ヴィシュヌの化身であり、神自身が直接教えを説いたものなので、その教説がヴェーダーンタの入り口でありゴールでもあるということになります。

『バガヴァッド・ギーター』は18章で構成されています。1章1章はそれほど長くはないので、読もうと思えば比較的早く読めるかもしれません。しかし、ヨーガの最奥の知識としての宇宙の真理が明かされたものですから、読んで簡単に理解できるというものではなく、内容は非常に難解です。また、内容も本文からその人が独自に解釈するだけではなく、バラモンによる解説を十分に考慮する必要があります。本書では十九世紀のインドのバラモンであるスバ・ラウの『バガヴァッド・ギーターの講義』というテキストを中心に、古代インドの哲学者たち、8世紀のシャンカラや11世紀のラーマーヌジャ、近代のグルであるスワミ・ヴィヴェーカーナンダやスワミ・プラブパーダなどの解説も踏まえて、クリシュナの哲学体系を読み解いていきたいと思います。また、日本ではヴェーダーンタよりも仏教になじみがある方が多いので、仏教の観点なども比較しながらお話ししていこうと思います。

 

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