はじめての非二元・ノンデュアリティ

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はじめての非二元・ノンデュアリティ

古典インド哲学のアドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元論)から現代のノンデュアリティまでを一気に読み解く!
脱非二元難民、誤解だらけの非二元・ノンデュアリティを府におとす本。

「それ」とは何か?
シャンカラの説いたアドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元論)とはどのような教えなのか
アドヴァイタと仏教の悟り
「私はある」のか「私はいない」のか、真我と無我について
目覚め体験の気づき「全体が事実で私がいない」とは

目次

はじめに
1章 ヴェーダーンタとは何か
バラモン教とヴェーダ聖典
ブラフマンとは何か
物の基底とは何か
ブラフマンとアートマンの同一性
アドヴァイタ・ヴェーダーンタについて
2章 二元論
サーンキヤ哲学の世界観
世界はどのように生じるのか
真我を自覚する
真我を自覚する
解脱の方法
ヨガと二元論
ラージャ・ヨガの実践
解脱の問題について
3章 アドヴァイタ・ヴェーダーンタ
二元論の否定
ブラフマンの知識
我見るゆえに我あり
4章 世界は「それ」を本質としている
現象世界は言葉によって認識されているにすぎない
ブラフマンは変化しない
個我とブラフマンとの同一性
一元論と二元論
アドヴァイタの教えと問題点
5章 ヴィシシュタードヴァイタ・ヴェーダーンタ
イーシュワラを認めるかどうか
クリシュナによる世界の創造
ヴィシシュタードヴァイタの教え
ヴェーダーンタの二つの立場
6章 仏教の不二の思想
鈴木大拙と禅の思想
維摩居士の沈黙
仏教的悟り観
沈黙が最高の悟り
真諦と俗諦
二元性がもたらす問題
7章 近代の非二元思想
ラマナ・マハルシ
ラマナ・マハルシとの対話
ニサルガダッタ・マハラジ
8章 現代の非二元と問題
ネオ・アドヴァイタの教説
目覚め体験と私はいない
「私」が苦しみの原因である
自由意志はない
目覚めはない
ネオ・アドヴァイタの問題
体感することが非二元であるという教え
無我について
アドヴァイタとネオ・アドヴァイタの違い
9章 混迷のスピリチュアル・悟り系の情報をどう精査するか
自称覚醒者達のセミナー
知識が不足していることによって起きる問題
正しい教えをどう選ぶのか
おわりに

 

はじめに

近年、スピリチュアルや悟り系と呼ばれるようなジャンルで「非二元・ノンデュアリティ」という言葉を耳にするようになりました。これは古いインド哲学のアドヴァイタ・ヴェーダーンタ(不二一元論(ふにいちげんろん))という思想が起源となっていますが、現代のスピリチュアリズムの思想などと混合し、様々な教えが説かれています。その中には、この教えを発展させたようなものもありますが、一方で聴衆を混乱させ非二元難民と呼ばれるような人達を生み出している現状もあります。もちろん、非二元の教説自体が難しく、簡単には理解しづらいので、こういった混乱が起きるのも無理のないことでしょう。

後の章で詳しくお話ししますが、アドヴァイタ・ヴェーダーンタは、宇宙はブラフマンと呼ばれる根本原理よって生じており、このブラフマンのみが実在で、私たちが五感で知覚できる現象世界は幻想のようなものに過ぎないという教えです。このブラフマンは具体的な言葉では表現できないので、「それ」という抽象的な言葉で呼ばれます。そして、この世はブラフマンによって生まれ、ブラフマンの現れであることを「それしかない」と表現します。

また、アドヴァイタ・ヴェーダーンタでは、ブラフマンと私たちの個人我(アートマン・真我)は同一であるという考え方があり、これを梵我一如ぼんがいちにょと呼びます。これは例えば、大空に風船を一つ飛ばしたとき、風船の中に個別の空間ができるため、大空から区切られた空間があるように感じますが、風船を割ってしまえば大空と風船の中に生じる空間は区別できないものになります。このように、個人の私(風船の中の空間)はブラフマン(大空の空間)と同じであり、その本質は何も変わりません。

同様に、私たちも肉体や心の働きに依存しているので、あたかも個別の実態があると思うのです。ですが、それらを取り払えば私はブラフマンです。このように、この私という存在は大きな世界に産み落とされた小さな存在なのではなく、宇宙の根本原理であるブラフマンと全く同じである、ということを理解していくことが非二元の中心的な主題です。

一方で、「非二元」とは単なる言葉です。ですから、「非二元」という言葉の解釈を古典哲学のアドヴァイタ・ヴェーダーンタだけに限定する必要はないのではないか、というのが著者の意見です。したがって、本書ではアドヴァイタ・ヴェーダーンタの思想を主軸にお話ししていきますが、二元性を否定した仏教思想やネオ・アドヴァイタと呼ばれるワンネス思想などにも触れながら、「非二元とは何か?」という問題について考えていきたいと思います。そのため、本書では「非二元」という言葉をあまり使わずに、インド哲学における非二元をアドヴァイタ、仏教における非二元を不二ふに、近代に創作された非二元をネオ・アドヴァイタと呼んで区別してお話ししていきたいと思います。

 

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