ヨーガ心理学

書籍

ヨガの教えを現代的な感覚で理解する、『ヨーガ心理学』を出版しました。

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目次

はじめに
1 ヨーガ心理学について
哲学的な問いを持つこと
正しく自己を理解する
心についての理解
個別の心の世界
愛の原理について理解すること
2 五つのヨガ
五つのヨガ
ジュニャーナヨガ
カルマヨガ
バクティヨガ
ラージャヨガ
ハタヨガ
総合的なヨガの実践
3 人間についての理解
人間とは何か
純粋意識とは何か
純粋意識とはどんな原理か
自我とは何か
純粋意識と自我の関係
自我意識と自我同一化
自我不一致と自我受容
自我対象の喪失と苦しみ
体や心は自分だとは言えない
自我対象は自分ではないという視点を持つ
自我対象の分散
正しい自己認識
映画館のたとえ
映画を楽しむように人生を楽しむ
4 心について
心は対象物
心が活動する空間
心の三つの性質
思考の三つの方向性
物質原理と神聖原理
低級な思考と高級な思考
思考力を高めるには
神聖原理のために思考を使う
欲望を減らすには
人間の自由意志
5 物質原理の三つの性質
トリグナ
トリグナと心
心の発達
人間性の区分
トリグナと欲望
トリグナの対立
自分が怒りを起こしているのではない
6 幸福と欲望の制御
幸福の条件
苦楽の相対性
心の平安のために欲望を手放す
物事を平等に見る
願望を強く持つことに対する注意
金持ちや美人が得だとは言えない
成功と失敗を平等に扱う
平等の境地を築くための実践
瞑想的な生き方
7 神聖原理について
神聖原理と愛
神聖原理と映画館のたとえ
進化論と有神論的進化論
愛を育むには
愛と親子関係
愛は赦しである
慈悲と執着
自分の役割を見つける
自我が神聖原理の反映になるためには
人格の発達段階
神聖原理を知るために
無報酬での他者奉仕
神聖原理は太陽の光
8 人間の九分類
人間の九分類
肉体の三つの面
欲望体
メンタル体
コーザル体
ブッディ
精神空間
純粋意識
9 死と輪廻
人はなぜ死を恐れるのか
世界のあらゆる宗教や哲学が死後の存在を認めている
心と脳の関係
死後にも私たちの個人存在があるのか?
死後の自我の継続
死と輪廻のプロセス
死と夢
不死の魂
死の恐怖を取り除くには
自殺について
輪廻の考えを受け入れることで人は道徳的になる
スピリチュアリズムに対する批判
10 心が作る個別の世界
個別の世界
金は心の中にある
サンスカーラ理論
客観的な世界は存在しない
世界の個別性には気づきにくい
価値の思い込み
価値観は変えられる
物の存在は空である
世界は言葉で出来ている
ヘレン・ケラーの言語体験
11 人間関係について
個人主義の心理学
サンスカーラ理論と人間関係
言葉の印象は人によって異なる
相手の怒りは相手の責任
自分の怒りは自分の責任
怒る親と機嫌をとる子供
怒る子供と機嫌をとる親
他人を変えるのは難しい
人を変えるには
慈悲と人間関係
共感と普遍的な心の作用
神聖原理で共感し合う
おわりに

 

はじめに

この本を読み始めようとしている皆さんは、もうすでに「ヨガ」という言葉をお聞きになったことがあるでしょう。おそらく数十年前にはほとんど聞かれなかったこの言葉が、今日では多くの人に知られるようになりました。その理由の一つは、エクササイズとしてのヨガが健康や美容のために活用されるようになったことです。美しい女性がヨガのポーズをとっている写真が雑誌などで見られるようになり、多くの人がヨガを始めるようになりました。

このように、今日ヨガをたくさんの人が行うようになったのは大変喜ばしいことですが、一方でヨガの本来の目的、心についての教えが十分に広まっているとは言えません。古くから伝わるヨガの教えとは、体の健康のためというより心の健康についての教えであり、そこには私たちの悩み苦しみを解決する方法が説かれているからです。

しかしながら、そのような古典ヨガの教説は非常に難解で、あまり一般的ではないという問題があります。ヨガの古い経典、例えば『ヨーガ・スートラ』や『バガヴァッド・ギーター』などがありますが、それらを読もうとすると、前提となる知識や難解な用語などが障害となり、簡単に理解できるかと言えばそうではありません。そこで、古典ヨガの教えを現代の私たちでも分かりやすい体系に直し、一般的な言葉で表現したものがヨーガ心理学です。

現代では、ヨガの発音は「ヨガ」と短くなりますが、インドの古い言語サンスクリット語の発音は「ヨーガ」と伸ばすので、また、ポーズのヨガと区別する意味でも、表題はヨガ心理学ではなくヨーガ心理学と表記したいと思います。

1 ヨーガ心理学について

現代の私たちの生活は物質的には大変恵まれていますが、一方で心の問題を抱える人が増えています。この現代の心の問題を解決し、また予防するにはどうすれば良いのか、その解決策が切実に求められています。ヨーガ心理学は、心の苦しみを取り除くための方法論を古いヨガの教えから取り入れ、現代人にとって分かりやすい体系に表したものです。  それでは、今回お話しするヨーガ心理学の内容について、まずはその概要を解説していきたいと思います。

哲学的な問いを持つこと

ヨーガ心理学の基礎となるヨガの経典に、『バガヴァッド・ギーター』という叙事詩があります。この物語は、同族同士の戦争で敵となった親族と殺し合わなければならなくなった戦士アルジュナと、その師であり戦場に戦車の御者として付き添ったクリシュナとの対話で構成されています。アルジュナは戦士として敵と戦わなければならないのですが、敵は同族ですから、戦うとすれば昔お世話になった叔父や一緒に遊んだ従兄弟を殺さなければならなくなります。しかし、戦わなければ自分はおろか家族や付き従った仲間が敵に殺されてしまいます。この解決できない問題を前にアルジュナは、「相手を殺すならいっそ自分が死んだ方が楽だ」と考えて戦意を喪失してしまうのです。

その落胆したアルジュナにヨガの教えを解いたのがクリシュナでした。クリシュナとの対話を通して、アルジュナは勇気を奮い起こします。この二人の立場を現代の心理カウンセリングに置き換えれば、アルジュナは悩みを抱えたクライアント、クリシュナはカウンセラーです。苦悩するアルジュナに対してクリシュナは教えを説き、対話によってアルジュナの憂うつを完全に取り除いたのです。  ではこのとき、クリシュナはどのような対話をしたのでしょうか。現代のカウンセリングであれば、相手の悩みを丁寧に聞いて共感する傾聴のような手法が用いられるかもしれません。しかし、クリシュナの手法は全く違うものでした。それは、「私とは何か」「人はどう生きるべきか」という非常に哲学的な問いについて話し合うことでした。

ヨーガ心理学では、私たちの心の問題を解決する方法として、このような人間の本質についての哲学的な問いが非常に重要であると考えます。なぜなら、私たちが本当の意味で強く生きるには、「私という存在は一体何なのか」「この世界の中での私の役割は何か」という人間の生きる意味について明確なビジョンを持つ必要があるからです。反対に、「自分の存在が何か分からない」「この世界の中で自分の役割が見出せない」とき、その人の心は大変弱くなっています。うつ病のような心の病は、まさにこのような状況で起きます。

正しく自己を理解する

では、自分の存在や役割とは一体何でしょうか? 私たちは皆、様々な役割を通して自分を認識し、社会の中で自分を働かせています。「私は〇〇会社の社員で、会社のために貢献している」「私は母親で、家族の生活を支えている」「私は学生で、良い成績をとって親を喜ばせている」このように考えて、自分は何者なのか把握し、自分の役割を果たしているのです。しかし、時として人生には困難が訪れます。会社を解雇されたり、離婚したり、成績が振るわず親に失望されるなどしたとき、本来あると思っていた自分の存在と役割がなくなってしまうからです。

心の病の原因の一つは、自分の存在の意味と役割が分からなくなり、「私には価値がない」「生きる意味がない」と思い込んでしまうことです。「これこそが自分だ」と思っていたものを失ったとき、人は積極的に生きる動機も失ってしまうのです。ですから、心の苦しみと、「本当の私とは何か?」という問題は密接な関係があるのです。また、私たちは自分の仮の姿、すなわち、会社員であるとか、母親であるとか、学生であるというような一時的な自分の似姿を自分の本質であると錯覚して、本当の私について無知であることが苦しみの原因となっているのです。

したがって、心の苦しみを取り除くための方法論の一つが正しい自己理解であり、この問題は古代インドの経典ウパニシャッドの時代から数千年にわたって論じられてきました。そして、正しく自己を知ることによって、多くの人々が実際に苦しみを脱してきたのです。

現代では心の問題を解決するための様々な心理学的アプローチがありますが、それらを実践して心の問題を解決できるかどうかの信頼性は、それが実践された期間の長さや実際に問題を解決した人の数によります。人間の心の問題は数千年たってもさほど変わりません。つまり、死に対する恐怖、愛する人との別れ、憎い相手に対する怒り、欲しいものが手に入らない苦しみなど、こういった問題の解決策を人類は長い間考え続けてきました。そして、ヨガの教えがその方法論を説いているのであれば、その知恵を私たちが活用しない手はありません。

心についての理解

心の苦しみを取り除こうとするとき、まずは心そのものについての理解を深める必要があります。私たちの心には、不安、怒り、嫉妬、恐怖など様々な感情や思考が生じてくるわけですが、それはどのような仕組みによって生じているのかを理解することができれば、その苦しみの発生を避けることができるからです。

心の苦しみを取り除く方法の一つは、心の高級な面と低級な面についての理解です。低級な面とは身体的な欲望で、快と不快を相対的に作り出します。高級な面とは慈悲で、自分のみならず他者をも幸福にしようとする心の働きです。思考はその両方について、身体的な欲望を叶えるためにも、他者を幸福にするためにも働くことができます。

欲望を叶えることは確かにその人を一時的に愉快な状態にしますが、そのことで人が本当の幸福を得ることはありません。その快感が飢餓感を作る原因にもなるからです。したがって、欲望を制御し、低級な心を高級な心に変えていくことがヨーガ心理学の学びであり実践の一つになります。

個別の心の世界

ヨーガ心理学では、私たちが見ている世界はその人の心が作り出していると考えます。私たちは個別に様々な経験をし、その経験が目の前の出来事の印象を作っているからです。したがって、その人の見ている世界は、その人のこれまでの人生の様々な経験の集積によって現れているとも言えます。 一般的に私たちは、一つの客観的世界を皆で共有していると感じています。このように、自分の外側に絶対的な基準があると考えてしまうと、人は自分の価値観を外側の世界に合わせて変えようとします。これが大きな問題で、このことによって人は心を病んでしまうのです。しかし、本当はそれぞれが個別の心の世界に住んでおり、客観的な世界は存在しないのです。 その理論については後の章で詳しく解説していきたいと思いますが、自分の見ている世界は自分が作ったものなら、自分の悩み苦しみなども、自分がこれまで培った価値観や欲望などによって生じていることになります。したがって、心が世界を作り出す仕組みが理解できれば、自分の心の苦しみを取り除く方法が分かるのです。また、新たな苦しみを避けることができるようになります。

愛の原理について理解すること

ヨーガ心理学は愛についての心理学です。この心理学の主題は、愛とは何か、どのような原理なのかについて良く考えること、そして、その働きがあらゆる人の自我に反映している事実を教えることです。心の問題は、愛について理解し実践することで解決することができます。ですから、これからヨーガ心理学を学ぶ皆さんに最も深く考えていただきたいのが愛についてなのです。

普段私たちは「愛」という言葉をよく使いますが、その意味について十分に理解しているでしょうか。例えば「愛している」と言うとき、それは性的な愛欲の面を表していたり、あるいは何か好ましい人に対する愛着の面を表していたりします。しかし、そのような欲望としての愛は愛の低級な面であり、私たちが考えなくてはいけないのは、その高級な面、つまり慈悲についてです。

ヨーガ心理学では、慈悲の心は個人が生まれてからこれまでの経験や学習によって得るものではなく、普遍的に存在する高次の精神原理であると考えます。愛や善を希求する衝動は人類全体が普遍的に持っており、それはどの国やどの文化においても共通のものだからです。この高次の精神原理を神聖原理と呼びます。

人間と動物の違いを考えたときに、この神聖原理が反映しているかどうかは大きな差です。動物は生きるために知性を使うことはありますが、愛や善といった抽象概念について考えることはありません。肉食動物が捕食する相手に哀れみの気持ちを起こすことはないからです。また、人間は愛や善を理想化した神のような存在について考え、宗教を持ち、そのような高い原理と結びつきたいという熱望を抱きます。このような衝動に従い、その精神活動を育てていくことをハートを開くと呼びます。これは一般的な意味での人格の向上です。

私たちの心が神聖原理と結びつき、人格を完成させ人生を豊かなものにするために必要なのは、まずはその原理について良く知ることです。神聖原理は宇宙全体に満ちているもので、多くの宗教で神として表現されてきました。それは特に、ヒンズー教、キリスト教、大乗仏教の教義に表れています。ですから、私たちがこれらの宗教について学ぶときも、本来はこの神聖原理について学んでいるのです。

しかし現代では、宗教はとにかく非科学的で頭の悪い人が信じるものという嘲笑を受けてきましたし、人を無理やり支配し破滅させるようなカルト教団が増えたせいで、人々の警戒心は深まりました。このように、現代において宗教が全く役に立たないものになってしまった一方で、多くの人は唯物主義に偏(かたよ)り、より多くのお金を稼ぐこと、様々な快楽を楽しむことを目的として人生を生き、感覚的なものに目を奪われて、自分は本来どのように生きれば良いかという指針を見失って途方に暮れています。この二つの現状は全くの悲劇で、この問題を解決するためにヨーガ心理学があるとも言えるのです。

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