第1章
1ドリタラーシトラ王はサンジャヤに聞いた。聖地クルクシェートラで起こっている、我が一族とパーンダヴァ一族との戦況はどうであろうか?
2 サンジャヤは語った。ドゥルヨーダナ王は布陣したパーンダヴァ軍を見て、師ドローナに近づいて、次のように言った。
3 師よ、パーンドゥの息子たちの大軍をご覧ください。あなたの優秀な弟子であるドルパダの息子が布陣した軍隊を。
4 そこには、ビーマやアルジュナに匹敵する弓の使い手たちがおり、ユユダーナ、ヴィラータ、ドルパダなどの偉大な戦士たちもいます。
5 ドリシタケートゥ、チェーキターナ、カーシラージャ、プルジット、クンティボージャ、シャイビャハなどの戦士たち。
6 勇敢なユダーマニュ、スバドラーの息子、屈強なウッタマウジャス、そして、ドラウパディーの息子たち。皆、偉大な戦士たちです。
7 最高のバラモンよ、次は我々の優れた戦士たち、指揮官たちの名もお伝えしましょう。
8 あなた御自身とビーシュマ、カルナ、クリパ、アシュヴァッターマン、ヴィカルナ、ソーマダッタの息子、いずれも不敗の戦士たちです。
9 その他、私のために命を投げ出す覚悟のある多くの戦士たち、彼らはそれぞれに武器を持ち、戦いに慣れている者たちです。
10 ビーマに守られたパーンダヴァ軍は、ビーシュマに守られた我が軍には敵わないでしょう。
11 さあ、我らはビーシュマを補佐し、それぞれの持ち場を守ろう。
12 それを聞いたクル族の長老ビーシュマは、高らかに法螺貝を吹き鳴らし、ドルヨーダナを歓喜させた。
13 続いて全軍が、法螺、太鼓、小鼓、軍鼓、角笛を打ち鳴らしたので、その音は戦場に轟いた。
14 今度はクリシュナとパーンダヴァ軍が、白馬を繋いだ戦車から神聖な法螺を吹き鳴らした。
15 クリシュナはパーンチャジャニャという法螺貝を、アルジュナはデーヴァダッタという法螺貝を、凶暴で大食漢のビーマはパウンドラという大きな法螺貝を吹き鳴らした。
16 クンティーの息子ユディシティラ王はアナンタヴィジャヤという名の法螺貝を、ナクラとサハデーヴァはスゴーシャとマニプシュパカという名の法螺貝を吹き鳴らした。
17 弓の名手カーシ国王、偉大な戦士シカンディン、ドリシタデュムナ、ヴィラータ、無敵のサーティヤキ、
18 ドルパダ、ドラウパディーの息子たち、勇猛なスバドラーの息子も、それぞれが一斉に法螺貝を吹き鳴らした。
19 そのすさまじい音は天地に轟き、ドリタラーシトラの息子たちの心を打った。
20 こうして合戦が始まろうとしているとき、猿の旗印をかかげるアルジュナは弓を掴み、ドリタラーシトラの息子たちを見て、
21 クリシュナに次のように言った。不滅の人よ、両軍の間に私の戦車を進めてください。
22 この合戦で、私が戦わなければならない敵の姿を見たいのです。
23 ドリタラーシトラの愚かな息子に味方した人々の姿を。
24 アルジュナに求められて、クリシュナは両軍の間に最強の戦車を止め、
25 ビーシュマとドローナ、また、全ての王の前で言った。アルジュナよ、クルの一族の布陣を見よ。
26 アルジュナはそこに、父親、祖父、師、叔父、兄弟、息子、孫、友人たちの姿を見た。
27 さらに、義父、親友たちを見た。アルジュナはこれら全ての親しい者たちの姿を見て嘆き悲しみ、
28 次のように言った。クリシュナよ、これら戦意むき出しの親族や友人を見て、
29 私の口は渇き、手足は震えあがってしまいました。私の弓ガンディーヴァは手から滑り落ち、肌は焼かれるようです。
30 私はとても立っていることができません。私の心は迷い、不吉な兆しが見えます。
31 クリシュナよ、戦争とはいえ、親族を殺してどんな果報があるでしょうか。
32 私は勝利も、王国や幸福をも望んでいません。クリシュナよ、私にとって王国の繁栄や生命が何になるでしょう。
33 私は彼らのためにと思って王国の繁栄と幸福を望んだのに、その彼らが命と財産を投げ出してこの戦場にいるのです。
34 師、父親、息子、祖父、叔父、義父、孫、義兄弟、その他の縁者たちが。
35 彼らが私を殺したとしても、私は彼らを殺したくはない。たとえ三界を支配するためであっても、ましてやこの地上のためには。
36ドリタラーシトラの息子たちを殺して、我らにどんな喜びがあるでしょう。彼らを殺せば、まさに我々に罪がかかります。
37 それゆえ、私はドリタラーシトラの息子たちとその縁者を殺したいとは思いません。親族を殺して、どうして幸福になれるでしょうか。
38 彼らが欲望から心を乱され、一族を滅ぼし、友を殺す罪に気が付かなくても、
39 その罪の重さをよく知る我々がその罪を避けるべきです。
40 一族が滅べば、永く続いたダルマ(美徳)は滅び、ダルマが滅びるとき、アダルマ(悪徳)がはびこるでしょう。
41 アダルマがはびこれば婦女たちが堕落し、婦女たちが堕落すれば、望まれない出産が増えます。
42 このような混乱が、家系を破壊する者を生み、一族を地獄に落とします。なぜなら、彼らの祖先は水と食物の供養を受けられないから。
43 このような無法者の罪によって社会は混乱し、階級と一族のダルマは破壊されるのです。
44 一族のダルマを破壊した人々は、必ず地獄に堕ちると聞いています。
45 おお、我々は何という大罪を犯そうとしているのでしょうか。王国の繁栄を願って、親族を殺そうとしているのです。
46 もしドリタラーシトラの息子たちが武器を手にして殺そうとしても、私は抵抗せずに殺されます。それは私にとって幸せなことだからです。
47 アルジュナはこのように言って、悲しみに打ちひしがれ、弓と矢を投げ捨て戦車の床に座りこんだ。
第2章
1 サンジャヤは語った。目に涙を浮かべ嘆き悲しむアルジュナを見て、クリシュナは次のように言った。
2 聖バガヴァット(クリシュナ)は語った。この危機を前にして、なぜそのように弱気になるのか。アルジュナよ、それは賢者の言葉ではない。それでは天界に行くこともできず、地上においても恥辱となるだろう。
3 アルジュナよ、女々しいことを言ってはならない。それは君にはふさわしくない。敵を征服する者よ、弱気になるな、立ち上れ。
4 アルジュナは言った。クリシュナよ、尊敬するビーシュマやドローナにどうして矢を向けられるでしょうか。
5 優れた師を殺すぐらいなら、乞食でいる方がましです。年長者を殺せば、この世の楽しみは血にまみれるでしょう。
6 私はどうすれば良いか分かりません。勝つべきか、あるいは負けるべきか。彼らを殺してまで、私は生きたいとは思いません。そのドリタラーシトラの息子たちが、目の前にいます。
7 悲しみのために冷静さを失い、何が正しいのか分かりません。師よ、道を示してください。私はあなたに従います。
8 繁栄した王国や、神々のような力を得ても、感覚を枯らすこの悲しみを取り除くことはできません。
9 サンジャヤは語った。勇敢な戦士アルジュナはクリシュナに「私は戦わない」と言って、黙ってしまった。
10 クリシュナは微笑み、両軍の間で意気消沈したアルジュナに語った。
11 聖バガヴァットは言った。あなたは知者のような口ぶりだが、嘆く必要のないことで嘆いている。賢者は死んだ者のことでも、生きている者のことでも悩むことはない。
12 私も、あなたも、ここにいる王たちも、私たちはこれまで存在しなかったことはない。また、この先ずっと存在しなくなることはない。
13 魂は身体に入り、少年期、青年期、老年期を過ごし、また次の身体へと移る。賢者はこの真理を良く知っている。
14 苦楽は夏や冬のように来ては去って行く。それに耐えよ、アルジュナ。
15 それらに苦しめられない人、苦楽に耐える賢者は、解脱を得ることができる。
16 非実在(身体)は永続せず、実在(魂)は永続する。真理を知る人々は、この両者の違いを見る。
17 この身体を満たす不滅のものがあり、これは決して傷つかず壊されることもない。
18 肉体はいずれ腐敗するが、魂は永遠に存在し、その存在は測り難い。それゆえ、戦え。アルジュナ。
19 他人を殺すと思う者、また、他人から殺されると思う者、彼らはよく理解していない。魂は殺すことも、殺されることもないから。
20 魂は生まれることも、死ぬこともない。太古より存在し、この先も永遠に存在する。身体が滅びても、魂は決して殺されることはない。
21 魂は不生不滅であり、不変であると知る者が、一体誰を殺し、また誰に殺されるというのか。
22 人が古くなった服を捨て、新しい服を着るように、魂は古い身体を捨て、次の新しい身体を得る。
23 魂はどんな武器でも傷つくことはなく、火にも焼かれず、水で濡れることもなく、風で干からびることもない。
24 壊れず、焼かれず、濡らされず、乾かされない。常に存在し、あらゆるところにあり、不変であり、不動であり、永遠である。
25 魂は目に見えず、想像することもできず、不変であると説かれている。このことを知るなら、嘆く必要がなくなる。
26 また、魂が生と死を繰り返すとしても、そのことについて嘆くべきではない。
27 生まれた者に死は必然であり、死んだ者に生は必然であるから。それゆえ、避けられないことについて、あなたは嘆くべきではない。
28 万物は、初めは顕現しておらず、中間が顕現し、終りには消滅して非顕現となる。このことを知って、何を悲しむ必要があるだろうか。
29 ある人は魂の神秘を見る。ある者はその神秘を語り、またそれを聞く者もいる。しかし、聞いて理解できない者もいる。
30 身体の中にある魂は、殺されることがない。それゆえ、あなたはあらゆる生命について嘆くべきではない。
31 また、クシャトリヤ(武士)の義務を考えれば、戦う以上の優れた行為はない。だから、戦うことを恐れてはならない。
32 クシャトリヤとしてそのような機会を得る人は幸いである。天界の門が開かれているから。
33 しかし戦わなければ、あなたは義務と名誉を失って、罪を得ることになる。
34 人々はあなたの汚名を永遠に語るだろう。そして、名誉ある者にとって、不名誉は死よりも辛いことである。
35 あなたに付き従った兵士たちは、あなたが臆病風に吹かれて戦いから逃げたと思うだろう。彼らはあなたを慕っていたのに、軽蔑することになる。
36 また、敵たちはあなたの力を軽んじて、ありもしない多くの侮蔑を語るであろう。これほど辛いことがあるだろうか。
37 戦って殺されれば天界に行くことができるし、勝てば地上の繁栄を楽しむことができる。それゆえ、アルジュナよ、戦うことを決意せよ。
38 苦楽と損得、勝敗を平等のものと見て、戦いだけに専念せよ。そうすれば罪を得ることはない。
39 アルジュナよ、これまで分析的な知識を説いてきたが、次に、ブッディ・ヨーガ(知性のヨーガ)について聞け。その知性に従って行動すれば、行為の結果に束縛されることはない。
40 そこでは積み上げた努力が無駄になることも、そこから転落することもない。このダルマ(法)が、大きな恐怖から人々を解放する。
41 この世では、堅固な意志を持った知性はただ一つであり、意志のない者たちの知性は数限りなく分断される。
42 愚かな者たちは、ヴェーダ聖典の言葉に従い、他には何もないと考え、その華麗な言葉を唱える。
43 感覚を喜ばせること、天界に行くこと、良い家柄に生まれ変わることを望んで、彼らは豪華な儀式を行う。
44 贅沢や富に執着している人の心は惑わされているので、心を支配してサマーディ(三昧)を得ることはできない。
45 ヴェーダは三つのグナ(要素)を説く。アルジュナよ、この三つのグナと相対の世界、利益と保身から離れよ。サットヴァ(純粋質)であることに努めて、自己を確立せよ。
46 大きな池があるとき井戸が必要ないように、ブラフマンを知る者にとってヴェーダは不要である。
47 自分に定められた義務を行うとき、その結果にはいかなる権利もない。行為の結果に執着してはならない。また、自分の義務を行わない怠惰さにも用心しなければならない。
48 アルジュナよ、成功と失敗を平等のものと見て自分の義務を行い、執着を捨てよ。これは平等のヨーガと呼ばれる。
49 ブッディ・ヨーガ(知性のヨーガ)によって忌まわしい行為を捨てよ。知性に身をゆだねよ。強欲な者は果報を求める。
50 知性に奉仕する者は、この世の善悪の結果から離れることができる。それゆえ、ヨーガに努めよ。ヨーガは全ての活動における極意である。
51 偉大な賢者たちは、知性によって行為の結果を捨てた。これによって輪廻の束縛から解放され、苦しみのない境地に達したのだ。
52 知性が妄想から離れるとき、これまで聞いたこと、これから聞くであろうことに惑わされることはなくなる。
53 ヴェーダの華麗な言葉に惑わされなくなるとき、サマーディ(三昧)が確立し、ヨーガに達するであろう。
54 アルジュナは聞いた。クリシュナよ、智慧が揺るぎなく確立され、サマーディの境地に達した人は、どのように語り、どのよう座り、どのように歩むのでしょうか?
55 聖バガヴァットは答えた。アルジュナよ、感覚を満たしたいという欲望を捨て、アートマン(自己)に満足する者は、知性が確立している。
56 危機が起きても悩まず、幸運であってもおごらず、執着と恐怖と怒りを離れた人は、不動の聖者と呼ばれる。
57 何にも執着を持たず、善悪の結果を得ても喜びも妬みもしない人、その人の智慧は確立している。
58 亀が頭や手足を甲羅に収めるように、対象から感覚を収めることのできる人の智慧は確立している。
59 肉体を持った魂は、禁欲することで味覚以外の感覚を消滅させることができる。しかし、それより優れたものを経験すれば、味もまた消滅する。
60 アルジュナよ、感覚の制御に努めたとしても、感覚の欲求は激しく、その人の心を力ずくで乱してしまう。
61 私に専念する人は、智慧が確立し、感覚を完全に制服することができる。
62 感覚の対象を得て、それに想像を膨らませるとき、それらに対する執着が生じる。執着から欲望が生じ、欲望から怒りが生じる。
63 怒りから妄想が生じ、妄想から記憶が混乱し、記憶の混乱から知性が失われ、最後には破滅する。
64 しかし、執着と憎悪を離れ、感覚を制御する人は、平安を得ることができる。
65 この平安において、全ての苦しみは消滅する。心が充足した人は、速やかに知性を確立する。
66 知性と結びついていない人には、瞑想(修習)はない。瞑想しない人に平安はない。心が平安でない人に、幸福が訪れることはない。
67 強風の中で船が揺られるように、感覚と共に動き回る心が、人の知性を奪ってしまう。
68ゆえに、勇敢な戦士よ。感覚をその対象から離し制御できるなら、その人の智慧(ちえ)は確立する。
69 万物の夜は、聖者にとっての目覚めである。万物が目覚めるとき、それは自己を知る聖者にとっての夜である。
70 流れこむ川の水を、海が平然と受け入れるように、欲望によって彼の心が乱れることはない。欲望を満たそうとする者の心に、平安が訪れることはない。
71 感覚を満たしたいという欲望を捨て、願望を持たず、「これを所有したい」という思いや、誤った自我意識から離れることのできる人は、静寂に達する。
72 アルジュナよ、これが精神的な境地である。それに達すれば迷うことはない。死が訪れても、この境地にあればブラフマンの涅槃に達することができる。
第3章
1 アルジュナは聞いた。クリシュナよ、行為より知性の方が優れているなら、なぜ私に恐ろしい戦いを勧めるのでしょうか?
2 あなたが曖昧な表現をされるので、私の心は迷っています。正しい道とは何か、はっきりと教えてください。
3 聖バガヴァッドは答えた。アルジュナよ、私は前にこの世には二種類の立場があると言った。それは、理論家によるジュニャーナ・ヨーガ(知識のヨーガ)と、実践者によるカルマ・ヨーガ(行為のヨーガ)である。
4 行為を避けても、行為の束縛から解放されることはない。また、隠遁生活によって悟りの境地に達するわけではない。
5 一瞬でも行為から離れることのできる人はいない。誰もがプラクリティ(物質原理)から生ずるグナ(要素)によって行為させられているから。
6 行為器官を制御しても、心で感覚の対象を思い浮かべているならば、彼は愚かな偽善者と呼ばれる。
7 しかし、思考により感覚を制御し、執着を離れ、行為器官によってカルマ・ヨーガに専念する人は優れている。
8 あなたは定められた義務を行え。何も行為しないより、行為することの方が優れている。何も行為しないなら、身体を維持することすらできない。
9 宗教儀礼のための行為を除いて、人々はこの世の行為に束縛されている。アルジュナよ、執着を捨てて行為せよ。
10 大昔にプラジャーパティ(造物主)は、宗教儀礼とともに生類を創造して言った。祭式によって栄えよ、望むもの全てを与えよう。
11 宗教儀礼によって神は喜び、神もまた人を喜ばせる。このように、互いに与え合って、あなたは繁栄を享受する。
12 神は施された供物に満足して、その人が生きるために必要な物を与える。与えられた物を受け取っておきながら、神を供養しない者は盗人である。
13 まず神に供物を捧げてから、その残りものを食べる者は、全ての罪から解放される。しかし、自分の感覚を喜ばせるために食事をする者は、罪を食べていることになる。
14 肉体は食物によって成長し、食物は雨によって育まれる。雨は宗教儀礼を行うことによって降り、宗教儀礼は行為から生じる。
15 行為はブラフマンから生じ、ブラフマンは不滅のものから生じる。それゆえ、遍満するブラフマンは、常に宗教儀礼の中にある。
16 アルジュナよ、このように回転する宗教儀礼の循環をこの世で維持しようとしない人、感覚を楽しませる罪深い人は、虚しい人生を生きることになる。
17 しかし、アートマンの本性を喜び、アートマンの至福に完全に満たされた人に、なすべき義務はない。
18 このような人は、この世における義務に願望を持たず、また、他人に保護を求めることもない。
19 それゆえ、行為の結果に執着することなく、なすべき行為を行え。執着なく行為すれば、人は最高の存在に達する。
20 ジャナカ王や他の王たちも、行為によって最高の境地に達した。また、この世の維持のためにも、あなたは行為するべきである。
21 優れた指導者の言動に皆が従うように、優れた行為を示せば人々はそれに従う。
22 アルジュナよ、三界において私がなすべき行為は何もない。これから得るべきものは何もない。しかし、それでもなお私は行為に従事しているのだ。
23 私が行為することによって、人々は私を模範として行為に努めるだろう。
24 もし私が行為しなければ、三界は滅びるだろう。望ましくない人々が生まれ、生命を破壊することになる。
25 したがって、無知な人々が行為に執着して働くように、賢者は彼らを導くために、結果に執着することなく行為すべきである。
26 行為に執着する無知な人々を、賢者は混乱させてはならない。賢者は行為に従事しつつ、彼らが行為をやめないように導くべきである。
27 自我意識に惑わされた人は、「私が行為している」と考える。行為は全て、プラクリティ(物質原理)のグナ(要素)によってなされているのに。
28 勇敢な戦士よ、真理を知る人は感覚の満足はグナによって生じていると考えて、それに執着することはない。
29 人々は、プラクリティのグナに惑わされて物質的な活動に執着する。しかし、それでもなお、賢者は愚かな人々の心を乱してはならない。
30 それゆえアルジュナよ、全ての行為を私に捧げ、アートマンについての十分な知識を持ち、様々な願望や「これは私のものである」という所有欲を手放し、戦いに専念せよ。
31 私の教えに、信念と誠実さを持って従う人は、行為の束縛から解放される。
32 しかし、他人をねたみ、私の教えに正しく従わない人は、様々な言説にだまされて迷い、何も成就するこことはない。
33 知識ある人も、自分のプラクリティによって行為する。あらゆる生命はそのプラクリティに従うので、これに逆らうことはできない。
34 感覚と、その対象に対する執着と嫌悪を制御すべきである。その二つの感情に支配されてはならない。それらは彼の障害となるから。
35 他人のなすべき義務を完璧に行うよりも、不完全でも自分の義務を行う方が優れている。他人の義務を行うことは危うい。自分の義務で滅びる方が優れている。
36 アルジュナは聞いた。クリシュナよ、人は望んでもいないのに、なぜ強いられるように罪を犯すのでしょうか?
37 聖バガヴァット(クリシュナ)は答えた。それはラジャスというグナから生じた欲望によって起きる。欲望は怒りを生じさせ、大変罪深く、この世の敵である。
38 火が煙に覆われ、鏡が埃に覆われ、胎児が子宮に覆われるように、この世は様々な欲望によって覆われている。
39 知者の知識は、欲望という永遠の敵に覆われている。アルジュナよ、欲望は決して満たすことのできない火によって燃えている。
40 欲望は感覚器官と思考と知性に根をはり、本来の知識を覆い隠して魂を迷わせている。
41 それゆえアルジュナよ、あなたはまず自身の感覚を制御し、欲望という罪を抑え、知識の破壊者を殺せ。
42 感覚はその対象より優れ、思考はその感覚より高く、知性は思考に勝る。そして、魂は知性よりも優れている。
43 勇敢な戦士よ。知性よりも優れているものを知り、アートマンの知識を揺るぎなきものとして、恐るべき欲望という敵を殺せ。
第4章
1 聖バガヴァットは言った。私はこの不滅のヨーガを太陽神ヴィヴァスヴァットに教えた。ヴィヴァスヴァットはそれをマヌ(人類の祖先)に伝え、マヌはそれをイクシュヴァーク王に伝えた。
2 このように教えは伝承され、王仙たちはそれをよく保持していたが、時代とともにヨーガの教えは失われていった。
3 古くからあるこのヨーガを、私のバクタ(献身者)であり、友であるあなたに説こう。この教えは最高の神秘である。
4 アルジュナは聞いた。太陽神ヴィヴァスヴァットは、あなたが生まれる遥か昔にいました。あなたが彼に教えを授けたとは、どのような意味でしょうか?
5 聖バガヴァットは答えた。あなたも私も、数多くの転生を繰り返してきた。あなたはそれを知らないが、私はそれら全てを知っている。
6 私は生じることも滅することもなく、その本性は不変である。私はあらゆる生き物のイーシュヴァラ(至高主)であり、私のプラクリティの幻想の力によって化身する。
7 ダルマ(正義)が行われなくなり、アダルマ(悪徳)が広まるとき、私は現れる。
8 善人を救い、悪人を罰し、ダルマを再建するために、私はユガ(時代)ごとに現れる。
9 私の超越的な現れと行為をよく知る者は、その肉体から離れたとき、再びこの世に生まれ変わることなく、私の世界に来る。
10 執着や恐怖、怒りから離れて、私に専念し帰依する人々は、知識の苦行によって浄化され、私の超越的な状態に達する。
11 人々が私に帰依する度合いに応じて、私は彼らに報いる。アルジュナよ、全ての人々は私の道に従う。
12 この世の人々は、行為の成功を求めて神を供養する。人間界においては、その供養によってただちに成果が得られる。
13 私はグナの性質と行為に応じて、人間社会を四つに分類した。この階級は私によって創造されたが、私は不変であるので行為することはない。
14 したがって、どんな行為も私に影響を与えることはない。また、行為の成果を求めることもない。このように私を知る人は、行為の影響に苦しめられることはない。
15 これまで解脱した行者たちも、このことをよく理解して行動した。それゆえ、先人たちが行為したように、あなたも自分の行為に専念せよ。
16 行為とは何か、無為とは何か、この違いについては賢者たちでも迷う。では、行為について教えよう。これを知れば、あなたは不幸から解放されるだろう。
17 行為と無為について、そして、禁じられた行為について理解すべきである。行為の実態は理解し難いものであるから。
18 行為の中に無為を見て、無為の中に行為を見る人は知性があり、あらゆる行為に従事しながらもそれを超越している。
19 全ての願望と欲望から離れて、その人の行為が完全な知識の火により焼かれているなら、彼は賢者と呼ばれる。
20 行為の結果に執着せず、常に満足して、他者からの保護を受けない人は、行為に従事していても何もしていない。
21 結果に対する願望を捨て、心と身体を制御して、何かを所有するという観念から一切離れた人は、行為をしつつも、罪の影響を受けることがない。
22 自然に得られるもので満足し、二元性を離れて他者を妬むことなく、成功と失敗を平等に見る人は、行為をしても束縛されない。
23 執着を離れて解放を得た人は、超越的な知識に留まり、その人の行為は宗教儀礼の中に完全に調和する。
24 ブラフマンは供物である。それはバラモンによって、ブラフマンである火の中に捧げられる。この行為に完全に没頭することによって、ブラフマンに達することができる。
25 あるヨーギン(実践者)たちは神々に供養を行い、他の人たちはブラフマンの火の中に供物を捧げる。
26 ある人は耳などの感覚を制御という火の中に捧げ、ある人は音声などの感覚対象を感覚器官という火の中に捧げる。
27 またある人は、呼吸などの全ての感覚器官の働きを、自己制御のヨーガという火の中に捧げる。
28 また、自分の財産を供物として捧げる人、苦行を供物として捧げる人、カルマ・ヨーガ(行為のヨーガ)を供物として捧げる人、学習と知識を供物として捧げる人もいる。
29 さらに、プラーナ(生気)と アパーナ(下方へ向かう気)を抑制し、プラーナーヤーマ(呼吸法)を供物として捧げる者、プラーナとアパーナ、そして呼吸を止めることを供物として捧げる者、食事を制限しアパーナをプラーナの中に供物として捧げる者もいる。
30 このように、供養の方法は異なるが、供養の目的を熟知して行う者は、罪の影響から逃れて、供養の結果として得られる甘露を味わいつつ、ブラフマンの境地に達する。
31 アルジュナよ、供養を行わない者にこの世での幸福は得られない。ましてや、他の世界での幸福などありえようか。
32 様々な供養がブラフマンの口から生まれている。これらは行為から生まれているのである。これを知れば、あなたは解脱を得ることができるであろう。
33 敵を討ち取る者よ。知識の供物は物質的な供物よりも優れている。あらゆる行為は知識に終結する。
34 これらを師匠に近づくことによって、質問によって、奉仕によって学べ。真理を知る賢者たちは、あなたにその知識を授けてくれるであろう。
35 それを知れば、あなたは再び幻想に陥ることはない。アルジュナよ、それによってあなたはアートマンの中に、そして私の中に全ての生命を見るであろう。
36 たとえあなたが、全ての悪人のうちで最も罪深い者だとしても、知識の船によって、その罪の影響によって生じる苦しみの海を渡りきることができる。
37 アルジュナよ、燃え盛る火が薪を灰にするように、知識の火は全ての行為を灰に変えるのである。
38 実際、この世に知識ほど神聖なものはない。賢明な人は、カルマ・ヨーガによって彼自身の内側に知識を見出す。
39 信仰が厚く、感覚の喜びを制御する者は、この超越的な知識を獲得して速やかに静寂を得ることができる。
40 知識がなく、経典を信頼せず、疑う心に覆われている人は、この世においても来世においても幸福を得ることはない。
41 カルマ・ヨーガによって行為を放棄し、行為の結果を知識によって断ち切り、自己の内側にとどまる人は、行為に束縛されることはない。
42 それゆえアルジュナよ、無知から生じた疑惑を知識の剣によって断ち切れ。カルマ・ヨーガに専念して、戦いのために立ち上がれ。
第5章
1 アルジュナは聞いた。クリシュナよ、あなたは行為の放棄を勧め、一方でカルマ・ヨーガを勧めています。この二つのうちでどちらが優れているか、はっきりと私に教えてください。
2 聖バガヴァットは答えた。行為の放棄とカルマ・ヨーガとは、共に解脱をもたらす。だが、この二つのうちで、カルマ・ヨーガの方がより優れている。
3 サンニャーシー(放棄する者)とは、他人を嫌悪することなく、期待することない人のことである。勇敢な戦士よ、二元性から離れた人は、束縛から完全に解放されている。
4 愚かな人は、サーンキヤ(理論)とヨーガ(実践)を別のものだと言うが、賢者はどちらに専念しても両方の成果を得ることができると教える。
5 サーンキヤによって得られる境地は、ヨーガによっても到達できる。サーンキヤとヨーガを同じであると知る人は、正しく理解しているのである。
6 しかし、行為の放棄をしても、カルマ・ヨーガによらなくては苦しみは解消されない。カルマ・ヨーガに専念した人は、速やかにブラフマンに達する。
7 カルマ・ヨーガに専念した、浄化された魂の持ち主は、感覚を制御し、生きとし生けるものに哀れみ深く、たとえ行為に従事していても、それに束縛されることはない。
8 真理を知る人は、見て、聞き、触れ、嗅ぎ、食べ、進み、眠り、呼吸していても、私は何も行為していないということを知っている。
9 語り、排泄し、握り、目を開き、目を閉じていても、感覚が対象に対して反応しているだけだと考える。
10 全てをブラフマンにゆだね、執着を捨てて行為する人は、蓮の葉が水に汚されないように、罪によって汚されることがない。
11 ヨーギーは、身体によって、思考によって、知性によって、感覚によって行為するが、アートマンの浄化のために執着を捨てている。
12 カルマ・ヨーガに専念した人は、行為の結果を捨てて、窮極の静寂に達する。そうでない人は、行為の成果に執着して、それに束縛される。
13 全ての行為を思考によって放棄した魂は、九つの門がある城(肉体)で平安に暮らす。行為することも、行為させられることもなく。
14 肉体の所有者である魂は、自ら行為することも、行為を所有することもない。ただ、スヴァバーヴァ(自性、固有の性質)のみが働いている。
15 魂は誰の罪も、善行ですら受け取らない。だが、知識は無知に覆われているので、人々は迷っている。
16 しかし、知識によりその人の無知が取り除かれたなら、昇る太陽が大地を照らすように、最高の存在が明らかになる。
17 それに知性と思考を向け、それを信頼して拠り所としたとき、疑惑は洗い清められ、その人は解放へと赴く。
18 賢者は、教育と人格をそなえたバラモンであっても、牛、象、犬、犬肉の料理人に対しても、差別なく同じ存在と見る。
19 あらゆるものを平等に見る人は、生と死を超越している。ブラフマンは完全であり、彼らはその中にとどまっている。
20 知性が確立した人は、楽しいものを見ても喜ばず、不愉快なものを見ても嫌悪しない。ブラフマンを知る人は、ブラフマンの超越性の中にとどまる。
21 感覚の喜びに執着しない人は、アートマンの内に楽しみを得て、ブラフマンのヨーガによって、限りない幸福を得る。
22 アルジュナよ、感覚の喜びは来ては去るものであり、苦しみを生むものである。賢者はそれらを楽しむことがない。
23 この肉体から離れる前に、感覚の欲望と怒りの感情から離れることができたなら、その人は幸福である。
24 内的な幸福を楽しみ、内的な探求をするヨーギーは、ブラフマンと合一し、ブラフマンの涅槃に達する。
25 いかなる罪もなく、二元性を超越し、自己の悟りに専念し、全ての生類の幸福のために働く人は、ブラフマンの涅槃に達する。
26 欲望と怒りから解放され、心を制御し、アートマンを悟った聖者は、ブラフマンの涅槃に達する。
27 外界との接触を離れ、視線を眉間に集中させ、鼻孔を通るプラーナとアパーナを一定に保ち、
28 感覚と思考と知性を制御し、願望と恐怖と怒りから離れた人、常にこのような境地にある聖者は、まさに解脱している。
29 私はあらゆる供養と苦行を享受し、全世界と神々の主であり、全ての生類に恩恵を与える者である。このことを知る者は静寂に達する。
第6章
1 聖バガヴァット(クリシュナ)は語った。行為の結果にこだわらず、それを義務として行う人は、サンニャーシー(放棄する者)でありヨーギーである。しかし、火の儀式や義務を行わない者はそうではない。
2 アルジュナよ、放棄とヨーガは同じものであると知れ。ヨーギーであれば誰でも、自分の願望を放棄するから。
3 ヨーガを始めたばかりの人にとって、行為することがその手段である。すでに高い段階にある聖者にとって、あらゆる活動の停止がその手段である。
4 感覚の対象と行為に執着せず、全ての願望を放棄した人は、ヨーガによって悟った人と呼ばれる。
5 自ら自己を救い出さなければならない。自己を沈めてはならない。実に自己こそ自己の友であり、自己こそ自己の敵である。
6 自己を克服した人にとって、自己は友である。しかし、自己を制していない人にとって、自己は最大の敵である。
7 自己を征服した人はパラマートマン(最高の自己)と合一し、平安の境地に達する。暑さや寒さ、幸福と不幸、賞賛と侮辱を平等に見る。
8 知識と実践によって満足し、感覚を制御して心が安定し、土や石や黄金を同じものとして平等に見る人は、ヨーギーと呼ばれる。
9 親しい友人、愛すべき人、敵、中立な人、戦いの仲裁者、憎むべき人、親族、善人と悪人、それらを平等に見る人は優れている。
10 ヨーギンは人里離れて独りで暮らし、隠遁生活を送り、心を制御し、願望を持たず、何かを所有することもなく、常に心を制御するべきである。
11 清浄な場所に、ちょうど良い高さの座を作り、それを布と皮とクシャ草で覆って、
12 その上に安定して坐り、心を一点に集中して、感覚と活動を制御して、アートマンを清めるべきである。
13 体と頭と首を動かさずに一直線に保ち、鼻先を見つめ、周りに気を取られずに、
14 心を静め、恐れを捨て、独身生活を守り、私に心を向け、私を究極の目的として坐るべきである。
15 このように、体と心を制御したヨーギーはニルヴァーナ(涅槃)に達し、私の元に来る。
16 アルジュナよ、ヨーギーは、食べ過ぎても、全く食べなくても、睡眠をとりすぎても、不眠でもいけない。
17 食事、睡眠、休養、行為においても節度を守る者に、苦しみを滅ぼすヨーガの実践ができる。
18 心が制御され、欲望から離れ、アートマンの中だけにとどまるとき、その人はヨーガを達成したと言われる。
19 風の当たらない場所で揺らめくことのない火は、心を制御し、ヨーガに専念している者の比喩である。
20 その状態においては、ヨーガの実修によって心の活動は静まり、自己の内にアートマンを悟って平安を得る。
21 また、知性によって得られる最高の幸福を知り、そこにとどまって真理から離れることなく、
22 それ以外に優れたものは他にないと考えるならば、どのような困難にあっても心が動揺することはない。
23 そのような、苦しみとの結合を断ち切ることがヨーガの目的である。
24 固い決意を持って、心の働きから生じる全ての欲望を捨て、思考によって様々な感覚の喜びを制御し、
25 一歩ずつ、揺るぎない知性によって、心をアートマンだけにとどめて、寂静に向かうべきである。他のことは一切考えてはならない。
26 心が乱されて様々に揺れ動いても、それを引き戻し、自己の支配下に置くべきである。
27 心が安定し、ラジャス(激動質)が静まり、ブラフマンと合一したヨーギーは、あらゆる罪から解放される。
28 このように、常に心を制御するヨーギーは、あらゆる汚れから離れ、ブラフマンとの合一という最上の至福を得る。
29 あらゆるものを平等に見るヨーギーは、自己の内に、そして、全ての存在の中に私を見る。
30 万物の中に私を見て、私の中に万物を見る人は、私を失うことがなく、私もまた彼を失うことがない。
31 あらゆるものの中に存在する私を、それらと同一のものと見て献身する人は、どこにいたとしても私の内にいる。
32 万物を自己と同等のものと見て、幸福と不幸を平等に受け入れる人は、最高のヨーギーである。
33 アルジュナは聞いた。クリシュナよ、あなたはヨーガの方法について説かれたが、私の心は落ち着かないので、その境地を理解することができません。
34 心は絶えず動揺し、乱れ、実に頑固です。それは吹き荒れる風のように、私には抑制し難いものです。
35 聖バガヴァットは答えた。勇敢な戦士よ。心の動揺を制御するのは確かに難しい。しかしそれは、ひたむきな修練と離欲によって実現できる。
36 心を制御できない者に、ヨーガは実に難しい。しかし、心の制御は、適切な方法によって実現できると私は考える。
37 アルジュナは聞いた。クリシュナよ、ヨーガを始めたものの、心が制御できず、道から外れてしまった人には、どのような運命が待ち受けているのでしょうか。
38 彼は裂かれて、雲のように消え去ってしまわないでしょうか? ブラフマンへの道の途中で、絶望するのではないでしょうか?
39 クリシュナよ、この疑いを全て取り去ってください。この疑惑を断ち切ることができるのは、あなた以外にはいません。
40 聖バガヴァットは答えた。アルジュナよ、この世においても来世においても、彼が滅びることはない。善い行いをする人が、堕落することはないから。
41 ヨーガに挫折した人は善人のいる世界に行き、長い年月をそこで過ごした後、良い家柄の裕福な家庭に生まれ変わる。
42 あるいは、知識あるヨーギーのいる家族に生まれる。このような良い生まれは、非常に貴重なものである。
43 そこで彼は、前世に得た知識を再び取り戻す。それからさらに、悟りをめざして再び努力することができる。
44 なぜなら、彼は前世に行った常修の功徳によって、否応なくその道に導かれるから。ヨーガを深く知ろうとする彼の探求心は、シャブダブラフマン(音声のブラフマン)をも超越する。
45 また、そのように何度も転生しながら絶え間なく努力し、全ての罪が浄められたヨーギーは、悟りに達して最高の解脱を得る。
46 ヨーギーは苦行者よりも優れ、知識人よりも優れ、成果を求めて働く人より優れている。それゆえアルジュナよ、偉大なヨーギーとなれ。
47 あらゆるヨーギーの中で、私のことを想い、確固たる信念を持って私を信愛する者は、最も偉大なヨーギーであると私は考える。
第7章
1 聖バガヴァットは言った。アルジュナよ、良く聞け。私に想いを寄せ、私に帰依してヨーガを実習すれば、あなたは疑いを晴らして、私を完全に知ることができる。
2 私はあなたに、知識と実践を教えよう。それを知れば、他に知るべきことは何もない。
3 悟りをめざして努力するのは、何千人ものうちの一人である。そして、その中のさらに数人しか、私についての真実を知ることはできない。
4 地、水、火、風、空、思考、知性、自我意識、これら私のプラクリティ(物質原理)は八種類に分かれている。
5 だが、これらは低級なものである。私にはそれよりも高い神聖なプラクリティがある。それによって世界は動いている。
6 世界はこの二つのプラクリティによって創造された。世界を生み出す最初の原因は私であり、世界を破壊するのも私である。
7 私よりも優れたものは何もない。アルジュナよ、真珠が糸に繋がれているように、万物は私に繋がれている。
8 私は水の味であり、月と太陽の光である。ヴェーダにおけるオーム(聖音)である。空間に響く音であり、人間の能力である。
9 また、私は地の香りであり、火の光であり、あらゆる生物の生命であり、苦行者の苦しみである。
10 私は万物の種子であると理解せよ。私は知者の持つ知性であり、活力ある者の活力である。
11 私は力ある者の欲望と執着を離れた力である。私は生物における規律に反しない情欲である。
12 サットヴァ(純粋質)、ラジャス(激動質)、タマス(怠惰質)は、私から現れる。しかし、それらの中に私はおらず、私の中にそれらがある。
13 この世界は全て、これら三つのグナ(性質)によって惑わされており、これらよりも高く限りない私を理解しない。
14 実に、このグナからなる私の神的な幻は克服し難い。ただし、私に帰依する人々は、このマーヤーを克服する。
15 悪を行う者、愚かな者、卑しい者、彼らの知識は悪しき性質に覆われているので、私に帰依することはない。
16 アルジュナよ、私に奉仕する四種類の献身者たちがいる。それは、悩み苦しむ人、知識を求める人、利益を求める人、知識のある人である。
17 彼らのうちで、知識を持ち、バクティ(信愛)に専念する人は特に優れている。彼は私を親愛し、私もまた彼を親愛しているから。
18 これらの人々は全て尊い。しかし、知識ある人はまさに私と同じである。彼は献身によって、最高の目的地である私の元に来る。
19 繰り返される輪廻を経て、知識を得た人は、全てはヴァースデーヴァ(クリシュナ)であると知って、私に帰依する。そのような偉大な人は非常に稀である。
20 様々な欲望によって知識を奪われた人々は、自身のプラクリティの性質によって、他の神々に帰依する。
21 それぞれの信者が、信仰をもって神々を崇拝するとき、私は彼らの信仰を揺るぎないものにする。
22 彼は私に与えられた信仰によって、神々を満足させ、願望を叶えられる。しかし、実際その願いは私によって叶えられたのである。
23 無知な人々の得る果報は儚い。神々を崇拝する人は神々の元へ行き、私の献身者は私の元へ来る。
24 無知な人々は、非顕現である私を顕現したものと考える。不滅であり至高である私の存在を理解できない。
25 ヨーガのマーヤー(幻)によって覆われているので、愚かな者には私の姿が分からない。彼らは私が不生不滅であることを知らない。
26 アルジュナよ、私はあらゆる生き物の過去、現在、未来を知っている。しかし、私を知る者は誰もいない。
27 バラタの子孫よ、欲望と嫌悪から生じる二元性の幻影によって、全ての生き物は生まれる前に幻想に陥っている。
28 しかし、敬虔な行いによってその人の罪が消えるとき、彼は二元性の幻想から解放され、強い決意を持って私を親愛する。
29 老いや死からの解脱を得るために、私に保護を求めて努力する人々は、行為を超越している。彼らはブラフマンである。
30 また、現象世界、神々、宗教儀礼に関して、その原初が私であると知る人は私のことをよく理解している。彼は死の間際でも私のことを心から離さない。
第8章
1 アルジュナは聞いた。ブラフマンとは何でしょうか? 自己とは、行為とは何でしょうか? また、現象世界とは、神々とは何でしょうか? プルショッタマ(至高主)よ、どうか教えてください。
2 供養を受ける主とは、身体の内にいるのは誰でしょうか? また、自己を制御した人は、死の間際にどのようにあなたを心に留めておくのでしょうか?
3 聖バガヴァットは答えた。ブラフマンは超越的で不滅の存在である。自己はスヴァバーバ(自性)であると言われる。そして、生命を創造する活動が行為と呼ばれる。
4 現象世界は常に変化している。神々はプルシャ(真我)である。供養の主とは、身体の中にいる私である。
5 死の間際に、私だけを念じて身体を離れる人は、私の元に来る。このことに疑いはない。
6 アルジュナよ、この身体から離れるとき、その人は最後に想いを向けているものと同化し、その状態へと移って行く。
7 それゆえ、あなたは常に私を想いながら戦え。心と知性を私に向ければ、間違いなく私の元に来ることができる。
8 心を逸らすことなく、アヴィヤーサ・ヨーガ(常修のヨーガ)に専念すれば、人は至高のプルシャに達することができる。
9 至高主は最古の賢者、支配者、万物の維持者であり、原子よりも微細であり、太陽のように燦然と輝いている。この至高主の姿を常に想え。
10 死の間際に心が動揺することなく、私に対するバクティ(親愛)に専念して、ヨーガの力によって眉間にプラーナを集中すれば、その人は至高のプルシャに達することができる。
11 ヴェーダを学ぶ偉大な賢者たち、放棄の修行者たちは、ブラフマチャリア(禁欲)によってその不滅のものに入る。それをあなたに簡潔に語ろう。
12 身体の全ての門を制御し、思考をハートの中心にとどめて、プラーナを頭上に上げて集中させ、
13「オーム」というブラフマンの音節を唱えて、私を想いながら、この身体を捨てて行く人は、最高の目的地に達する。
14 心を逸らすことなく、常に私を想い、ヨーガに専念する人は、難なく私に達することができる。
15 私の元に来た偉大な魂は、至上の悟りに達して、無常で苦しみのこの世に再び生まれ変わることはない。
16 現象世界からブラフマーの世界まで、そこに生まれれば再び生まれ変わる。アルジュナよ、しかし、私の元に来れば、再び生まれ変わることはない。
17 ブラフマーの昼は千ユガ(四三億ニ千万年)で終り、夜もまた千ユガで終る。それを知れば、昼と夜を知る者となる。
18 昼が来ると、非顕現のものから万物が生じる。夜が来ると、それらは非顕現のものの中に消滅する。
19 万物は誕生と消滅を繰り返す。夜が来ると消滅し、昼が来ると再び誕生する。
20 しかし、その非顕現のものを超えた、永遠に存在するそれがある。万物が滅びたとしても、それは滅びない。
21 非顕現であるそれは、不滅と言われる最高の目的地である。そこに到達した人は輪廻を終える。それは私の最高の住処である。
22 アルジュナよ、それは至高のプルシャである。揺るぎない私へのバクティ(信愛)によって、そこに到達できる。この現象世界はその中にあり、それによって満たされている。
23 アルジュナよ、ヨーギーがいつ死ぬかによって、この世に戻るか戻らないかが決まる。その時期について教えよう。
24 満月までの二週間、太陽が北に行く六ヵ月、火天の光がさす日中、その時にブラフマンを知る人々が死ねば、ブラフマンの元へ来る。
25 新月までの二週間、太陽が南に行く六ヶ月、煙の中、夜、そのときに死んだヨーギーは、月に行ってから、この世に再生する。
26 ヴェーダによれば、光と暗闇の二つの道がある。光の道を行く人はもう戻らず、他の暗い道によって生まれ変わる。
27 ヨーギーがこの二つの道を知れば、もう迷うことはない。アルジュナよ、それゆえ常にヨーガに専念せよ。
28 ヨーギーはヴェーダの学習、祭式、苦行、布施を行い、その果報を得るが、さらにそれらを超越して、最高の原初の住居に達する。
第9章
1 聖バガヴァットは言った。妬みのないあなたに、秘密にされた最高の知識と実践を説こう。これを知れば、あなたはこの苦しみの世界から解脱することができる。
2 これは学問の王、秘教の王、最も純粋な知識である。それは直接的な体験を伴い、ダルマ(法)にかなっており、喜びをもって実行できる、永久的な知識である。
3 敵を討ち滅ぼす勇敢な戦士アルジュナよ、このダルマを信じない人々は、私の元に来ることなく輪廻を繰り返す。
4 この世界は、非顕現な私の中で広がっている。万物は私の中にあるが、その中に私はいない。
5 しかし、万物が私の中に実在するというわけではない。ヨーガの神秘的な力を見よ。私は万物の源であり、私によって維持されるが、私はそれらの中にはない。
6 空間の中を風が吹き渡るように、万物は私の中に存在すると知れ。
7 周期の終わりに、万物は私のプラクリティ(物質原理)に戻って行く。周期の始まりに、私がそれらを再び創造する。
8 私のプラクリティによって、私はこの現象世界を繰り返し創造する。それは、必然的に生み出されるのだ。
9 しかし、私がそれらの活動に束縛されることはない。私は中立を保つので、それらの活動が私に影響を及ぼすことはない。
10 アルジュナよ、プラクリティは私の監督によって、動くものも動かないものも、あらゆる万物の現象を生み出す。このように、現象世界は出来ているのである。
11 愚かな人々は、人間の姿の私を見てあざける。彼らは、万物の支配者である私の最高の様態を知らない。
12 彼らはアシュリー・プラクリティ(阿修羅的な原理)によって迷わされ、彼らの知識や願望、行為の成果は滅んでしまう。
13 しかし、偉大な人々はダイヴィ・プラクリティ(神聖な原理)によって活動し、私を尽きることのない万物の根源であると知って、私に揺るぎない信愛を向ける。
14 彼らは私の名を常に唱え、強い信念を持って努力し、バクティに専念して私を崇拝する。
15 また他の人々は、知識の供養によって私を崇拝する。私を、一元性のもの、あるいは二元性のものとして、多様な形態をとって宇宙全体に遍満するものとして念想する。
16 私は儀式であり、供養であり、薬草であり、呪文であり、また、液状のバターであり、火であり、揚げられた供物である。
17 私はこの世界の父であり、母であり、祖父である。世界を維持する者である。また、知識の対象であり、浄化するもの、聖音オームの音であり、リグ・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、ヤジュル・ヴェーダである。
18 私は目的地であり、支える者であり、主であり、目撃者であり、住処(すみか)であり、休息所であり、不滅の種子である。
19 私は熱を与え、雨を貯めて降らせる。私は不死であり、死である。存在であり、非存在である。
20 天界へ行くことを望む人々は、三つのヴェーダを学び、ソーマ酒を飲み、私を供養することで罪悪が浄められ、インドラ(神々の王)の世界へ達して、天界で神々と同じ喜びを享受する。
21 たとえ彼らが天界で楽しんでいたとしても、その善きカルマが尽きれば、この世界に生まれ変わる。このように、ただ喜びだけを求めて三つのヴェーダの学習をする人は、功徳が尽きると人間の世界に戻り、そこでまた生死を繰り返す。
22 しかし、一心に私を想う人々、私を常に崇拝する人々に、私は必要なものを与え保護する。
23 アルジュナよ、他の神々の信者であっても、信念を持って崇拝するなら、異なる方法ではあるが、彼らもまた私を崇拝しているのである。
24 なぜなら、私は全ての供養を受ける者であり、その主であるから。しかし、彼らは私を知らない。それゆえ、彼らは現象世界に生まれ堕ちるのである。
25 神々を供養する人々は神々の元に生まれ、先祖の霊を供養する人々は先祖の霊の元に生まれ、悪霊を供養する人々は悪霊の元に生まれ、私を供養する人々は私の元に生まれる。
26 敬虔な人が、信愛をこめて葉、花、果実、水を捧げるなら、私はそれを受けよう。
27 アルジュナよ、食事をすること、奉仕すること、捨てること、苦行すること、あなたの全ての行為を私への捧げ物とせよ。
28 このようにしてあなたは、行為がもたらす善悪の結果の束縛から自由になるだろう。サンニャーサ・ヨーガ(放棄のヨーガ)に専念すれば、私に達し、解脱をもたらすであろう。
29 私はあらゆるもの対して平等である。私が誰かを憎んだり、誰かと親密になることもない。しかし、バクティによって私を信奉する人々は私の中におり、私もまた彼らと共にいる。
30 たとえ悪人であったとしても、一心に私に奉仕するなら、彼は正しい決意によって善人となる。
31 彼は速やかに正しい人となり、永遠の寂静を得ることができる。アルジュナよ、宣言せよ。私のバクタ(信者)は決して滅びることがないと。
32 生れの卑しい者でも、女性でも、ヴァイシャ(商人)でも、シュードラ(奴隷)でも、私に救いを求めれば、最高の目的地に到達することができる。
33 もちろん、徳のあるバラモンたちや献身者である王たちは言うまでもない。この苦しみの世に生まれたからには、私だけを親愛し、奉仕せよ。
34 私のことを常に想い、信愛し、供養し、礼拝せよ。このように、私だけに専念すれば、あなたは私の元に来ることができる。
第10章
1 聖バガヴァットは言った。勇敢な戦士よ、さらに聞け。親愛なるあなたのために、私の最高の教えを話そう。
2 神々や偉大な聖者たちでさえ、私の起源を知らない。なぜなら、私が神々や聖者たちの起源だから。
3 私には生まれはなく、始まりもない。私が全世界のマハーイーシュヴァラ(至高主)であると知る人は、衆生の中で生きていても惑わされることがなく、全ての罪から解放される。
4 知性、知識、確信、寛容、真実、感覚の制御、誕生と死、恐怖と平安、苦楽、
5 不殺生、平等、満足、苦行、布施、賞賛と侮辱、これらの資質は私から生じる。
6 太古にいた七人の聖仙と四人のマヌ(人類の祖先)は私の心から生まれた。彼らはこの世界の人々の祖先である。
7 私のこの繁栄とヨーガの神秘的な力をよく知る人は、一心にヨーガに専念する。このことに疑いはない。
8 私はあらゆるものの源である。万物は私から生じる。このことを知る賢者は、親愛を込めて私に奉仕する。
9 彼らは私に心を完全に向け、私に命を捧げ、私のことを語り、互いに啓発し合いながら喜びと至福を味わう。
10 愛をもって常に私に従事する彼らに、私はブッディ・ヨーガ(知性のヨーガ)を授ける。それにより、彼らは私の元に来る。
11 彼らへの慈悲のために、私は彼ら一人一人のハートに宿り、輝く知識の火によって、無知による闇を滅ぼす。
12 アルジュナは言った。あなたはパラブラフマン(最高のブラフマン)であり、最高の住処、最高の純粋さです。また、あなたは神々の根源であり、永遠で生まれることのない至高のプルシャです。
13 ナーラダ、アシタ・デーヴァラ、ヴィヤーサなど、あらゆる聖仙たちがあなたをそのように認めています。そして今、あなたご自身も私にそのように教えてくれています。
14 クリシュナよ、あなたが語ってくださったことは、全て真実であると思います。バガヴァーン(神)よ、神々や悪魔もあなたの真実を知りません。
15 あなただけが、ご自分について知っておられます。パラプルシャ(至高のプルシャ)よ。あらゆるものの根源であり、万物の主、神々の神、世界の支配者よ。
16 世界を遍く満たしているあなたの神聖な現れについて、どうか詳しく教えてください。
17 ヨーギーよ、どのようにして絶えずあなたを想い、知ることができるでしょうか。どのようなあなたの姿を考えたらよいでしょうか。
18 クリシュナよ、あなたのヨーガと顕現について、さらに詳しく教えてください。このような甘露は、どれだけ聞いても飽きることがありません。
19 聖バガヴァットは答えた。私の顕現は神聖であり、その多様性は限りがないので、その主要なものだけをあなたに話そう。
20 アルジュナよ、私は全ての生物の心臓に宿るアートマンである。私は万物の始まりであり、中間であり、終わりである。
21 私はアーディティヤ神群におけるヴィシュヌである。輝くもののうちの太陽である。私はマルト神群におけるマリーチである。星々の中では月である。
22 私は諸ヴェーダの中では『サーマ・ヴェーダ』である。神々の中では天界の王インドラである。感覚器官の中では思考である。生物における生命力である。私はルドラ神群の中ではシヴァである。
23 夜叉(やしゃ)と羅刹における財宝の主クベーラである。私はヴァス神群の中では火神アグニである。山々の中ではメール山である。
24 アルジュナよ。私は司祭の中では長老ブリハスパティである。将軍の中ではスカンダ(韋駄天)である。水のある所では海である。
25 私は聖者の中ではブリグ仙である。音の中では聖音オームである。宗教儀礼の中ではジャパ(念誦)である。動かないものの中ではヒマラヤ山である。
26 樹木の中ではアシュヴァッタ樹(菩提樹)である。神仙の中ではナーラダ仙である。ガンダルヴァの中ではチトララタである。悟った者の中では聖者カピラである。
27 私は、馬のうちでは海の撹拌で出来た甘露によって生まれたウッチャイヒシュラヴァスである。象の王の中ではアイラーヴァタである。人間の中では王である。
28 私は武器の中ではヴァジュラ(金剛杵)である。牝牛のうちのスビラである。生殖の中ではカンダルパ(愛の神カーマ)である。蛇の中ではヴァースキである。
29 私は竜の中ではアナンタである。水中の生き物の中では水の神ヴァルナである。先祖の霊の中ではアリヤマンである。刑罰を施行する者の中ではヤマ(閻魔)である。
30 私は悪魔の中ではプラフラーダである。迫るものの中では時間である。動物の中ではライオンである。鳥の中ではガルダである。
31 私は浄化するものの中では風である。戦士の中ではラーマである。魚の中ではマカラである。河の中ではガンジスである。
32 私は万物の初めであり、終わりであり、中間である。学問においては自己についての知識である。議論の中での真理である。
33 私は文字の中では「ア」である。複合語の中では二重語である。時間においては永遠である。創造者の中ではブラフマーである。
34 私は全てを奪い去る死である。生命の始まりとなる誕生である。女性たちの持つ名声、幸運、美しい言葉使い、記憶、知性、堅実、忍耐である。
35 私はサーマ・ヴェーダの讃歌の中ではブリハット・サーマンである。全ての詩の中ではガーヤトリーである。 私は暦月の中ではマールガシールシャ月(十一〜十二月)である。季節の中では花が咲く春である。
36 私は詐欺師たちの中での賭博である。美しいものの中では輝きである。私は勝利である。決意である。強者のうちの強さである。
37 私はヴリシニの一族におけるヴァースデーヴァ(クリシュナ)である。パーンダヴァにおけるダナンジャヤ(アルジュナ)である。聖者の中ではヴィヤーサである。聖仙の中ではウシャナス・カヴィである。
38 私は統治における刑罰である。勝利を求める者たちの策略である。秘密における沈黙である。知者たちの知識である。
39 アルジュナよ、私は万物を生み出す種子である。動くものも動かないものも、私なしで存在するものは一つもない。
40 今述べたのは、私の顕現の一部にすぎない。私の神聖な顕現には限りがない。
41 豊かなもの、美しいもの、栄光あるもの、それらは私の輝きの一部から生じたものと知れ。
42 しかしアルジュナよ、このような私の顕現を数多く知って何になるだろうか。この世界ですら、私のほんの一部によって遍く支えられているというのに。
第11章
1 アルジュナは言った。私へ愛情から、あなたはアートマンについての最高の秘密を説かれました。それによって私の迷いは消えました。
2 蓮の花の目をした方よ、私は世界の誕生と消滅を、そしてあなたの尽きることのない栄光について詳しく聞きました。
3 至高のイーシュヴァラよ、あなたはご自身について語られた。次は、個性を持ったあなたの神聖な姿を見せてください。
4 主よ、もし私にあなたの姿を見ることが許されるなら、どうかその無限なる姿を私に見せてください。
5 聖バガヴァットは答えた。アルジュナよ、見なさい。何百、何千という幾多の神聖な私の姿を。色とりどりの姿を。
6 アーディティヤ神群、ヴァス神群、ルドラ神群、アシュヴィン双神、マルト神群、そして、あなたがこれまで見たことのない、数々の脅威を見なさい。
7 今ここに、動いているものも止まっているものも、全世界が私の身体の中に集められて、それらを一堂に見ることができる。あなたが望むものを何でも見なさい。
8 しかし、それはあなた自身の目では見ることはできない。それゆえ、あなたに神聖な目を与えよう。それによって、私の神秘的なヨーガを見なさい。
9 この場を千里眼によって見ていたサンジャヤは、ドリタラーシトラ王に語った。王よ、偉大なヨーガのイーシュヴァラであるヴィシュヌは、このように告げると、アルジュナに自分の最高の姿を見せたのです。
10 主の体には、多くの口と眼があり、多くの神々しい姿を持ち、多くの素晴らしい装飾をつけて、神聖な武器を振り上げ、
11 神々しい花環と衣服を着け、神聖な香油が塗られていて、その偉大な輝きは全世界を遍く照らしています。
12 もし空に何千もの太陽が同時に現れたとしたら、その輝きはこの偉大な主の輝きに等しいかもしれません。
13 そのときアルジュナは、神々の神である主の身体の中に、宇宙の完全な姿と、またそれが多様に分かれて存在しているのを見た。
14 それを見てアルジュナは大いに驚き、恐怖で体中の毛が逆立った。そして、頭を下げて礼拝し、手を合わせてから話しはじめた。
15 アルジュナは言った。主よ、私はあなたの体の中に、神々やあらゆる生命が見えます。蓮華に座ったブラフマーを、シヴァを、そして、全ての聖仙や神聖な蛇たちが見えます。
16 あなたは、多くの腕と腹と口と眼を持ち、あらゆる方角に無限の姿を現しています。あなたには終わりも、中間も、始まりもないことが分かります。あらゆる姿を持つ、全世界のイーシュヴァラよ。
17 王冠をつけ、棍棒を持ち、チャクラム(円形の武器)を持ち、燃えさかる太陽のようなその輝きが宇宙全体に広がっているのが見えます。
18 あなたは不滅であり、最高の知識の対象であり、全世界の基礎です。また、あなたは尽きることがなく、ダルマの守護者として常に存在する永遠のプルシャであると私は考えます。
19 あなたには、始まりも、中間も、終りもなく、その栄光は無限です。あなたは数えきれないほどの腕を持ち、月と太陽を眼とし、燃えさかる炎を口として、自らの輝きによってこの世界を照らしています。
20 宇宙とこの大地との間、そして一切の方角は遍くあなたによって満たされています。三界はあなたの偉大で恐ろしい姿を見て、恐怖で震えています。
21 大勢の神々があなたの前にひれ伏し、手を合わせて礼拝して、あなたの中に入って行きます。聖者や悟りを開いた者たちは、「幸あれ」と叫びながら、ヴェーダの讃歌によってあなたを賛美しています。
22 ルドラ神群、アーディティヤ神群、ヴァス神群、サーディヤ神群、一切諸神、アシュヴィン双神、マルト神群、先祖の霊たち、ガンダルヴァ、夜叉、阿修羅、悟りを開いた者たち、皆が驚嘆してあなたを見つめています。
23 数多くの口、目、腕、腿、足、腹、歯のある恐ろしいあなたの偉大な姿を見て、全世界が私と同じように恐怖で震えています。
24 ヴィシュヌよ、空にとどくほどの多くの色彩が輝く口を開き、燃え盛る光輝の目を持つあなたの姿を見て、私の心は乱れ、落ち着きを得ることができません。
25 恐ろしい歯のあるあなたの口は、まるで死の炎のようです。私はどうして良いか分からず、ただうろたえるだけです。どうかお慈悲を、神々の主よ。恐ろしいあなたの口、終末の火にも似たその口を見たので、私は方角を見失ない、逃げ場をなくしてしまいました。どうか御慈悲を。神々の主よ、世界の保護者よ。
26ドリタラーシトラの息子たちは全て、戦場の王たちも、また、ビーシュマとドローナ、カルナも、我が軍の指揮官、兵士たちも、
27 あなたの恐ろしい歯のある口に突き進んで、そこで頭を噛み砕かれるのが見えます。
28 河が海に向かって流れていくように、彼らは燃え盛るあなたの口に入って行きます。
29 蛾が火の中に入って死んでしまうように、現象世界はあなたの口に飛び込んで滅亡するでしょう。
30 ヴィシュヌよ、あなたはその燃え盛る口で全世界を飲み込み、舐め尽くすのです。また、あなたはその恐ろしい輝きで全世界を覆い、焼き尽くそうとしています。
31 神々の主よ、あなたは一体どのような方なのか、私に教えてください。恐ろしい姿をしたあなたを礼拝します。慈悲を乞わせてください。原初の神よ、私の使命を教えてください。
32 聖バガヴァットは言った。私は偉大な破壊者であり、時間である。私は世界を滅ぼすためにここにいる。たとえあなたが戦わなくとも、敵軍の兵士たちは全て私に殺される。
33 それゆえ、立ち上れ。敵を制圧して名誉を勝ち取れ。敵に打ち勝って、王国を繁栄させるがよい。彼らは私によって、すでに殺されているのだ。アルジュナよ、あなたはただ戦う道具となれ。
34 ドローナ、ビーシュマ、ジャヤッドラタ、カルナ、他の戦士たちも、すでに私によって殺されているのだ。だから、あなたは恐れずに彼らを滅ぼせ。戦うことだけに専念し、敵を征服せよ。
35 サンジャヤはドリタラーシトラ王に語った。このクリシュナの言葉を聞いて、アルジュナは震えながら手を合わせ、礼拝して、吃りながら、恐る恐るクリシュナに言った。
36 クリシュナよ、あなたの栄光に全世界が歓喜し、熱狂しています。そして、悪魔たちは恐れて散り散りに逃げ去り、悟りを開いた者たちはあなたを讃美しています。
37 あなたを礼拝しない者などいるでしょうか。あなたは原初の創造主であり、造物主ブラフマーよりも偉大です。無限なるお方、神々の主、世界の住処よ。あなたは不滅であり、実在であり、非存在でもある、それらを超えた方です。
38 あなたは原初の神であり、太古のプルシャであり、全世界の至高の保護者です。あなたは知る者であり、知識の対象であり、最高の目的地です。無限の姿を持つあなたによって、全世界は遍く満たされています。
39 あなたは風神ヴァーユである。ヤマ(閻魔)である。火天アグニである。水天ヴァルナである。月である。造物主プラジャーパティである。何度でも、何千回でもあなたを礼拝します。
40 前からも後ろからも、あらゆる方向からあなたを礼拝します。あなたは全てであり、無限の力を持ち、遍く全世界を満たしています。
41 私はあなたの偉大さを知らずに、友人だと思い込んで、「クリシュナよ」「ヤーダヴァよ」「友よ」などと無礼な呼び方をしてしまいました。あなたに対する親しみから出た愚かさと思って、どうかお許しください。
42 あなたと一緒にくつろいだり、寝たり、座ったり、食事をしたとき、また、大勢の友人といるとき、私が行った非礼をお詫びしたい。完全で不変なる方よ。
43 あなたはこの世界の、動くものと動かないもの、あらゆるものの父です。あなたは崇拝されるべきグルです。三界にはあなたよりも偉大な者はなく、比べられる者もありません。無限なる方よ。
44 それゆえ、地に伏してあなたを礼拝し、慈悲を乞います。父が子を、友が友を、恋人が愛する人を許すように、どうか私の過ちをお許しください。
45 私は、これまで決して見ることのできなかったものを目の当たりにして、歓喜しています。同時に、大変な恐怖で震えています。主よ、世界の住処である方よ。どうか私に恩寵をくださり、その姿を見せてください。
46 頭に王冠をつけ、棍棒とチャクラムを持ち、四つの腕を持つあなたの姿を見せてください。千の腕と無数の姿を持つ方よ。
47 聖バガヴァットは言った。アルジュナよ、私はあなたに喜びを与えるために、私のヨーガの力によって、この至高の姿を見せた。この姿は光輝からなり、無限であり、原初のもので、これまであなた以外に見た者はいない。
48 アルジュナよ、ヴェーダを学んでも、宗教儀礼を行っても、布施によっても、厳しい苦行によっても、この世であなた以外に私の本当の姿を見ることのできる人はいない。
49 私のこの恐ろしい姿を見ても、恐れてはならない。うろたえてはならない。以前と同じ私の姿を見て、恐れを捨て安心するがいい。
50 サンジャヤは語った。クリシュナはアルジュナにこのように言い終わると、再び美しい人間の姿に戻り、怯えたアルジュナを元気づけた。
51 アルジュナは言った。クリシュナよ、あなたの美しい姿を見て私の心は落ち着き、冷静になりました。
52 聖バガヴァットは言った。私のこの姿を見るのは非常に難しい。神々ですら、この姿を見たいと願っているのだ。
53 あなたが見た私の姿は、ヴェーダの学習、苦行、布施、宗教儀礼によっても見ることはできない。
54 だが、アルジュナよ、揺るぎないバクティ(信愛)によって、私を知ることも、私を見ることも、私の元に来ることもできる。
55 私のために行為し、私に奉仕し、私を信愛し、諸々の欲望の執着を離れ、全ての生き物に対して慈悲深い人は、必ず私の元に来る。
第12章
1 アルジュナは聞いた。あなたを信奉する献身者たちと、非顕現で無機質なブラフマンを念想する人たちとでは、どちらがより優れているでしょうか?
2 聖バガヴァットは答えた。私を一心に想い、常に献身奉仕する、最高の信心を確立した人々の方が、最も優れている。
3 もちろん、不滅で、感覚や言葉では捉えられず、非顕現で、全宇宙に偏在し、不変であり不動なものに専念し、
4 感覚を制御し、あらゆるものを平等に見て、世界の幸福のために奉仕する人々も最後には私の元に来ることができる。
5 しかし、非顕現なブラフマンに専念する人々の霊的進化は難しい。なぜなら、肉体を持つ人々にとってそれは苦しみであるから。
6 だがアルジュよ、全ての行為を私に捧げ、私を念想し瞑想するバクティ・ヨーガの実践に努める人々、
7 そのような献身者を、私はこの苦しみの海から救い出す。
8 私だけを想い、私だけに知性を使え。そうすれば、あなたは私の中に住むことができるであろう。これに疑いはない。
9 アルジュナよ、もしあなたが想いを私に強く向けることができないなら、アヴィヤーサ・ヨーガ(常修のヨーガ)によって私に到達したいという望みを育てよ。
10 アヴィヤーサ・ヨーガにも取り組めないのなら、私への献身奉仕に従事せよ。私に行為を捧げることで、悟りを開くことができる。
11 もし、それすらできないのなら、行為の結果に対する執着を捨て、自己を制御することに努めよ。
12 実習することよりも知識を得ることの方が優れており、知識よりもディヤーナ(禅定)に達することの方が優れ、瞑想よりも行為の結果を放棄することの方が優れている。この放棄によって、心の静寂が得られる。
13 全ての人に妬みを抱かず、慈悲深く、親切で、「これは私のものだ」という所有欲から離れ、苦しみと喜びを平等に見て満足し、
14 自己を制御し、強い意志で私に献身し、思考を知性に向けるヨーギー、このような献身者を私は親愛する。
15 他の人々を害することなく、彼もまた他の人々から害されることがない人。幸福と不幸、恐怖や不安から自由になった人、このような人を私は親愛する。
16 常に中立を保ち、清浄で、熟達しており、心配事から離れ、全ての願望を捨てている人、このような献身者を私は親愛する。
17 喜ばず、悲しまず、嘆くことも望むこともなく、善し悪しの判断を放棄している人、このような献身者を私は親愛する。
18 敵であっても友であっても平等に接し、尊敬と軽蔑、寒さと暑さ、幸福と不幸、
19 賞賛と侮辱を平等に見て、沈黙しており、何事にも満足し、家を持たず、決意の固い献身者を私は親愛する。
20 今話した、この正しい教えに完全に従い、強い信念を持って私に献身する人、このような人を私は親愛する。
第13章
1 アルジュナは聞いた。クリシュナよ、プラクリティ(物質原理)とプルシャ(真我)について、土地と土地を知る者について、その知識と知識の対象について教えてください。
2 クリシュナは答えた。この身体は土地であり、それを知る人々を土地を知る者と呼ぶ。
3 そして、全ての土地において、私がそれを知る者である。知識とは、土地と土地を知る者について知ることである。
4 ではその土地とは何か、どのように存在し、どのように変化するのか。土地を知る者とは誰で、どんな力があるのか、それを簡潔に説明しよう。
5 賢者たちはヴェーダ讃歌の中で様々にそれを述べた。また、『ブラフマ・スートラ』の中で詳しく論証されている。
6 五大元素、自我意識、知性、アヴィヤクタ(非顕現のもの)、十の感覚器官と思考器官、五つの感覚の対象、
7 欲望、憎悪、苦楽、集合、生命、信念、これで土地とその相互作用が説かれた。
8 謙虚であり、傲慢でなく、暴力を避け、寛容であり、優れた師に奉仕し、清潔であり、固い決意を持つこと。
9 感覚の対象から離れ、誤った自我意識を取り除き、生老病死の苦しみを理解すること。
10 妻子や親族などに執着せず、望ましいもの、望ましくないものを得ても平静であること。
11 私へのバクティ(信愛)に専念して、ヨーガを修めること。人里離れた場所に住み、世間に関心を向けないこと。
12 自己を悟るための知識を学び、真理を探究すること、これらが知識であり、この反対のことが無知と呼ばれる。
13 では、知識の目的を教えよう。それを知れば、至福を得ることができる。それは、永遠なるパラブラフマンである。それは存在でも非存在でもない。また、いかなる影響力も持たない。
14 それはあらゆるところに手、足、目、頭、口、耳があり、世界を遍く覆っている。
15 それは全ての感覚の根源ではあるが、感覚そのものからは離れていて、執着することはない。また、グナ(要素)の性質を一切持たないが、それでもなおグナを支配している。
16 それは世界の外と内に存在し、静止しつつ動き、精妙なので知覚することはできない。そして、遠くにあり近くにある。
17 それは世界の中に分かれて存在しているようであるが、一つである。また、世界を維持し、破壊し、創造するものであると知れ。
18 それは光り輝くものの中での光であり、暗闇を超えたものである。それは知識であり、知識の対象であり、知識の目的であり、あらゆる生命の心臓に宿っている。
19 これで、土地、知識、知識の対象を簡潔に述べた。私の献身者はこれを完全に理解して、私の元に来る。
20 プラクリティ (物質原理)とプルシャ(魂)には、始まりがないと知れ。現象の変化とグナの性質は、プラクリティによって生じる。
21 プラクリティは、因果関係を作り出す原因であり、プルシャは苦楽を受ける主体である。
22 なぜなら、プルシャはプラクリティの中に存在し、グナを認識するから。プルシャがグナと結合することが、その人に善悪が生じる原因である。
23 この身体の中にあるプルシャは、監督者、行動を承認する者、主人、受けとる者、偉大なるイーシュヴァラ、パラマートマン(最高の自己)と言われる。
24 プルシャとプラクリティとグナをこのように理解する人は、どのような状況にあっても再び生まれ変わることはない。
25 これを、瞑想によって自分の中に見る人もいれば、サーンキヤ・ヨーガ(理論のヨーガ)によって、あるいはカルマ・ヨーガ(行為のヨーガ)によって見る人もいる。
26 またある人たちは、これを直接知ることはできないが、他者からこの教えを聞いて信じる。このように、聞くことによって死を超越する人もいる。
27 バラタ族の長よ、動くものも動かないものも、万物は全て、土地と土地を知る者の結合によって生じると知れ。
28 イーシュヴァラ(至高主)は万物の中に等しく存在し、世界が滅びたとしても滅びることはないと知る人は、真実を見ている。
29 万物の中にイーシュヴァラが等しく存在すると見る人は、アートマンが堕落することはなく、最高の目的地に達する。
30 あらゆる活動はプラクリティによって行われ、自分は行為していないと見る人は正しく理解している。
31 その一者から、あらゆる存在の個別の様態が展開していると理解する賢者は、ブラフマンに達することができる。
32 このパラマートマン(最高の自己)は永遠であり、グナ(性質)を持たず、不変であって、身体の中にあっても行為しないので、汚されることがない。
33 空間が目に見えないから汚されないように、アートマンも身体のあらゆるところに存在するが、それが汚されることはない。
34 アルジュナよ、太陽がその存在だけで全世界を照らすように、身体に宿る魂も全てを照らす。
35 このように、「土地」と「土地を知る者」の違いについての知識を持ち、プラクリティから解放された人は最高の目的地に到達する。
第14章
1 聖バガヴァットは言った。今一度、あらゆる知識のうちで最高の知識について語ろう。この知識によって、全ての賢者たちが最高の悟りに達した。
2 この知識を得れば、私と同じ性質を持つことができる。その人は世界の創造のときにも生まれず、世界の消滅のときにも心が乱されることはない。
3 ブラフマンは母胎であり、子宮である。私がその中に種子を置く。そこから万物が生じてくる。
4 アルジュナよ、あらゆる生命の母胎からその子孫が生まれて来るが、ブラフマンはさらにそれらの母胎である。私は種子を与える父である。
5 プラクリティのサットヴァ(純粋質)、ラジャス(激動質)、タマス(怠惰質)の三つのグナ(要素)によって生じた身体は、魂を束縛する。
6 サットヴァは物質界で最も清浄なものであり、輝いていて、罪のないものである。それは、幸福と知識によって魂を束縛する。
7 ラジャスは欲望と情欲を生じさせると理解せよ。アルジュナよ、それは行為の結果に執着させることによって魂を束縛する。
8 タマスは無知から生まれ、妄想、怠惰、睡眠によって魂を束縛し、全ての生命を迷わせる。
9 サットヴァは快適さよって、ラジャスは行為の成果によって、タマスは知識を覆い、迷いによって魂を束縛する。
10 ラジャスとタマスを制すれば、サットヴァが優位になる。ラジャスはサットヴァとタマスを、タマスはサットヴァとラジャスを制御したとき、優位になる。
11 九つの門のある身体において、知識の光が育まれたとき、サットヴァが増えたとされる。
12 アルジュナよ、欲望と結果を求める行為、そして強い執着は、ラジャスが増えたときに生じる。
13 暗闇、無気力、怠慢、妄想は、タマスが増えたときに生じる。
14 サットヴァが増えたときに死ねば、偉大な賢者たちの元に生まれ変わる。
15 ラジャスが増えたときに死ねば、行為の結果に執着する人々の元に生まれ変わる。タマスが増えたときに死ねば、動物的で愚かな人々の元に生まれる。
16 善い行いをすれば、それはサットヴァ的で清浄な行為とされる。ラジャスによる行為は、苦しみの原因となる。タマスによる行為は、無知なものとなる。
17 サットヴァから知識が生じ、ラジャスからは欲望が、タマスからは怠惰と妄想と無知が生じる。
18 サットヴァが優位な人はより高い世界に、ラジャスが優位な人は中間に、タマスが優位な人は低次の世界に住むことになる。
19 全ての行為はグナによって起こされていると知り、それよりも高い原理を見る人は、私の状態に到達する。
20 身体に備わるこれらの三つのグナを超越したとき、魂は生死、老い、苦悩から解放され、至福を味わう。
21 アルジュナは聞いた。我が主よ、これら三つのグナを超越した人は、どのような特徴を持っているのでしょうか。彼はどのようにふるまい、どのように三つのグナを超越するのでしょうか?
22 聖バガヴァットは答えた。アルジュナよ、光明や活動、妄想が現われても、それを嫌悪したり、失われても追い求めることがなく、
23 それらを平等に見て、グナによって動揺させられず、グナが活動しているだけだと考えて心が平安である人、
24 幸不幸を平等に捉え、自己に満足し、土の塊や石や黄金を同じ価値のものと見て、好きな人でも嫌いな人でも同じように接し、
25 非難と称賛を、尊敬と軽蔑を、味方と敵を同じものと見る。このように、あらゆる物質的な活動を放棄した人が、グナを超越した人と言われる。
26 また、バクティ・ヨーガによって常に私に奉仕する人は、グナを超越してブラフマンと一体になることができる。
27 なぜなら、永遠に存在し、生じることも滅することもないブラフマンの根源であり、究極的な幸福の境地は私であるから。
第15章
1 聖バガヴァットは言った。根が上に向かい、枝が下に伸びるアシュヴァッタ樹(菩提樹)がある。その葉はヴェーダのマントラであり、その樹を知る人はヴェーダを知る人である。
2 上下に広がるその枝は、グナによって育ち、枝先は感覚の対象である。根は下へと伸びて、物質界における行為となる。
3 この樹の姿を、物質界で見ることはできない。始めも終わりも、その根源がどこにあるかを知ることはできない。しかし、人は堅い決意を持って、無執着という斧でこの樹を切り倒さなければならない。
4 そして、ひとたびそこに達すれば、再び回帰することのない境地を探求せよ。はるか昔、万物がそこから生じた原初のプルシャに帰依せよ。
5 虚栄心や妄想から離れ、世俗との交わりを断ち、アートマンについての知識を求め、欲望を制御し、苦楽の二元性を平等に捉えて迷うことのない人は、不滅の境地に達する。
6 太陽も月も火も、そこを照らすことはない。そこに達した人は再び生まれ変わることのない、私の最高の住処である。
7 私から分化した微細な核が魂として物質界に生まれると、プラクリティの影響によりマナス(心)を含む六つの器官(眼、耳、鼻、舌、身、心)を引き寄せ、その中で苦楽を受ける。
8 魂が身体を得て、また死によって身体から離れるとき、風が香りをその源から運ぶように、彼はその生涯で得た印象を引き連れて行く。
9 魂が身体を得れば、眼、耳、鼻、舌、肌、心から生じる様々な印象を受けとる。
10 魂がどのように身体を離れ、またそこにとどまって、あるいはグナの影響を受け、様々な印象を受け取るのか、無知な人はよく知らない。しかし、知識の眼を持つ人はそれを見る。
11 修行に努めるヨーギーは、自己の中に住む魂を見ることができる。しかし、自己を悟らない人は、努力してもそれを見ることはできない。
12 世界を照らす太陽の光、月や火の中にある光、それらは私から輝き出していると知れ。
13 また、私は大地に入り、私のエネルギーによって万物を動かす。そして、甘露となって、全ての植物に活力を与える。
14 私は身体に宿る消化の火であり、上昇する気と下降する気となって四種類の食物(噛む、飲む、舐める、吸う)を消化する。
15 私は全ての人のハートに入り、記憶、知識、忘却を与える。また、全てのヴェーダは私を知るためにあり、私がヴェーダの作者であり、ヴェーダを知る者である。
16 世界には二種のプルシャがある。滅びるものと不滅のものである。滅びるものから全ての生命が生まれ、不滅のものは一様なものと呼ばれる。
17 しかし、それと別の至高のプルシャがあり、それはパラマートマン(最高の自己)と呼ばれる。それは不滅のイーシュヴァラであり、三界はそれによって維持されている。
18 私は滅びるものを超えて、不滅のものよりも偉大であるから、世間でもヴェーダでも至高のプルシャとして讃えられている。
19 私が至高のプルシャであると知って疑いのない人は、全てを知る人であり、一心に私を信愛する。
20 アルジュナよ、これで私は最も深淵な教えを説いた。この教えを理解すれば誰でも知恵のある人となり、悟りに到達することができる。
第16章
1 聖バガヴァットは語った。恐怖から離れること、自己を清浄に保つこと、ジュニャーナ・ヨーガ(知識のヨーガ)に専念すること、布施をすること、心の制御、祭式、ヴェーダの学習、苦行、質素であること、
2 生き物を殺さないこと、正直であること、怒らないこと、放棄すること、寂静であること、他人を中傷しないこと、生き物を憐れむこと、貪らないこと、他者に優しく接すること、謙虚であること、堅い決意を持つこと、
3 活力があること、忍耐すること、決して屈しないこと、清潔であること、妬(ねた)みのないこと、傲慢でないこと、これらは神的な資質を持った人の特徴である。
4 アルジュナよ、偽善的で、傲慢で、自己顕示欲が強く、怒りを抑えることをしない、乱暴で無知な人、これらは阿修羅的な資質を持った人の特徴である。
5 神的な資質は解放へと導き、阿修羅的な資質は束縛すると言われる。アルジュナよ、心配する必要はない。あなたは神的な資質を持っているから。
6 この世界の創造は、神的なものと阿修羅的なものに分かれている。神的なものはすでに詳しく説かれた。アルジュナよ、阿修羅的なものを私から聞け。
7 阿修羅的な人は、何が正しいことか、何が誤った行いかを知らない。彼らには、清浄さも、正しい道徳的規範も、真実も見あたらない。
8 彼らは、「世界は実態のない幻想であり、神も存在しない。物事は関係によって存在するだけで、それは欲望を原因としている」と言う。
9 彼らはこのような結論に至って、自分の存在を見失い、知ったかぶりで、有害な行為をし、世界を滅ぼすために無益な活動をする。
10 彼らはあくなき欲望にふけり、偽善と慢心に酔い、妄想によって誤った見解に固執し、不浄な信念を抱いている。
11 彼らは欲望を満たすことこそ人生の最大の目的であると考えて、様々な思惑に囚われ続けている。
12 彼らは多くの願望を持ち、情欲と怒りに支配されて、それらを叶えるために不正をしてでもお金を稼ごうとする。
13 私は今日これだけ稼いだ。この願望も叶えてやろう。この財産は私のものだ。これもまた私のものにしたい。
14 私はあの敵を倒した、他の敵も倒してやろう。私は支配者である。私が全てを手に入れる。私は成功し、権力があり、幸福である。
15 私は裕福で、良い家柄の生まれである。私にかなうものなどいるだろうか。供養を行い、布施をしよう。彼らは無知に迷わされて、このように喜ぶ。
16 彼らは心を迷わせ、妄想の網に捕らえられている。欲望を叶えることに執着し、地獄の苦しみを味わう。
17 彼らは利己的で、頑固で、財産や名声という幻影に惑わされている。そして、彼らは自尊心から形だけの供養を行う。
18 彼らは誤った自己認識、暴力、自尊心、欲望、怒りを本性とする。そして、自分や他人の体の中に宿る私を妬み、憎んでいる。
19 彼らは、憎悪によって他人を傷つける劣った人間である。私は彼らを輪廻に繋ぎ、阿修羅的な人々の子宮に投げ入れる。
20 彼らはそこで輪廻を繰り返し、私の元に来ることもなく、罪深い者となる。
21 欲望、怒り、貪欲は、自己を破滅する三つの地獄の門である。人はそこへ近づいてはならない。
22 アルジュナよ、この無知の三つの門から逃れた人は、自分のために善い行いをしたのである。その人は、それから最高の目的地へ到達することができる。
23 経典の教えを無視して、欲望のままに行動する者は、悟りの境地に達することはない。幸福を得ることも、最高の目的地に達することもできない。
24 それゆえ、経典をよく学び、なすべきこととそうでないことを知らなくてはならない。そして、その教えに従って行為すべきである。
第17章
1 アルジュナは聞いた。クリシュナよ、信仰を持っている人々が経典の教えを無視して祭式を行うとき、彼らはサットヴァ(純粋質)、ラジャス(激動質)、タマス(怠惰質)のどれに属するのでしょうか?
2 聖バガヴァットは答えた。プラクリティ(物質原理)から生じる、サットヴァ的、ラジャス的、タマス的な三種類の信仰があるので、それをよく聞け。
3 アルジュナよ、信仰はその人の置かれた性質により異なる。その性質によって、人はそれぞれの信念を強固なものとするのだ。
4 サットヴァ的な人々は神々を供養し、ラジャス的な人々は夜叉や羅刹を供養し、タマス的な人々は、餓鬼や悪霊の類を供養する。
5 経典に説かれていない有害な苦行を行う人、利己的で傲慢な人、欲望と執着が強い人、
6 身体の中に宿る私を悩ませる人は、阿修羅的な人であると知れ。
7 人が好む食べ物にも三つの種類がある。そして、供養、苦行、布施も同様である。それらの違いを聞け。
8 サットヴァ的な人が好む食べ物は、寿命を延ばし、清浄で、力をつけ、健康的で、幸福、喜びを増大させる。この食べ物は美味しく、水分と油分を多く含み、鮮度が長く保たれる。
9 ラジャス的な人が好む食べ物は、苦味、酸味が強く、塩分が多く、ヒリヒリと辛いなど刺激性のもので、乾燥していたり、焦げていたりする。この食べ物は、苦痛と病気を引き起こす。
10 タマス的な人が好む食べ物は、調理されてから時間が経っており、味気のない、腐って悪臭があり、食べ残しや、規制された食物が含まれている。
11 サットヴァ的な供養は、果報を期待せずに、経典で示されたやり方に従って行われる供養である。
12 一方で、結果を求めて、見栄のために行われる供養は、ラジャス的な供養である。
13 タマス的な供養は、経典に従わず、供物を配ることがなく、マントラを唱えず、僧侶への謝礼が払われず、信仰心のない供養である。
14 神、バラモン、師匠、徳のある人を崇拝し、清潔、正直、禁欲、非暴力に努めること、これが身体における苦行である。
15 他者を不快にさせず、誠実で有益な言葉を語り、ヴェーダ聖典の学習に努めること、これが言語における苦行である。
16 あるもので満足すること、嘘をつかないこと、勤勉であること、自己を制御すること、心を清浄に保つこと、これらは心の苦行である。
17 以上の三つの苦行を、結果を求めずに高い熱意を持って行うならば、それはサットヴァ的な苦行と呼ばれる。
18 尊敬や名誉や崇拝を得るために、自己顕示欲によって行われる苦行は、ラジャス的な苦行と呼ばれる。そのような苦行は、定まらず一時的なものとなる。
19 誤った努力によって、自分や他人を破滅させるような苦行は、タマス的な苦行と呼ばれる。
20 見返りを期待せずに、時間と場所が適切で、受けるにふさわしい人に対して与えられる布施は、サットヴァ的な布施と言われる。
21 反対に、見返りや行為の結果を求めて、嫌々ながら与えられる布施は、ラジャス的な布施と言われる。
22 場所と時間が適切でなく、受けるにふさわしくない人に対して、軽蔑して与えられる布施は、タマス的な布施と言われる。
23 オーム(聖音)、タット(それ)、サット(実在、善)という三つの言葉は、ブラフマンを表している。バラモンたちは、ヴェーダのマントラと祭式の際にこの言葉を用いた。
24 それゆえ、経典に従って供養と布施と苦行を行う場合、必ず「オーム」の言葉を唱えてから始めるのである。
25 解脱を望む人は、「タット」と念じて、成果を期待せずに、祭式と苦行と布施を行う。
26「サット」は、実在と善を表す言葉である。そして、正しい行為に対しても用いられる。
27 また、「サット」は祭式と苦行と布施の最高の境地のことである。そこに至るための行為も「サット」と言われる。
28 アルジュナよ、私に対する信仰なしに供物を燃やし、布施を行い、苦行をしても、それは「サットではない」と言われる。そうでなければ、現世においても来世においても無意味なものとなる。
第18章
1 アルジュナは聞いた。クリシュナよ、ティヤーガ(無執着)とサンニャーサ(放棄)について教えてください。
2 聖バガヴァットは答えた。知者たちは、サンニャーサとは欲望を叶えるための行為をやめることであると考える。また、行為の結果に執着しないことをティヤーガと呼ぶ。
3 行為は過ちであるから捨てろという者もいれば、供養と布施と苦行の行為は捨てるべきではないと言う者もいる。
4 アルジュナよ、人間の中の虎よ。テャーガに関する私の見解を教えよう。それには三つの種類がある。
5 祭祀と布施と苦行は放棄してはならない。それらは人を浄化するので、行うべきである。
6 そして、それらの行為が行われるときは、結果に対する願望と執着を捨てなくてはならない。アルジュナよ、これが私の最高の見解である。
7 また、定められた義務としての行為は放棄してはならない。妄想によって義務を怠ることは、タマス(怠惰質)的なティヤーガであると言われる。
8 それが自分にとって辛いという理由で、あるいは身体的な苦痛を恐れて、定められた義務を放棄するなら、それはラジャス(激動質)的なティヤーガと呼ばれ、放棄による功徳を得ることはない。
9 アルジュナよ、定められた義務は果たすべきであると決意して、結果に対する執着を捨てて行われるなら、それはサットヴァ(純粋質)的なティヤーガであると言われる。
10 サットヴァに準じたティヤーギー(無執着である人)は、知性があり、あらゆる迷いを絶ち、不快なものを避けたり、好ましいものに執着することはない。
11 身体を持ったならば、全ての行為を捨てることは不可能である。しかし、行為の結果を放棄した人は、ティヤーギーと呼ばれる。
12 行為に執着する人が死ねば、好ましいもの、好ましくないもの、その両者が混じったもの、この三種類の結果が来世に生じる。しかし、サンニャーシン(行為を放棄した人)にそれらの結果が生じることはない。
13 勇敢な戦士よ、全ての行為の基礎となる五つの要因が、サーンキヤ(理論)で説かれている。これをあなたに教えよう。
14 身体、行為の主体、行為器官、努力、運命の五つである。
15人が身体と言葉と心によって、正しいものであれ誤ったものであれ行為するとき、これら五つがその原因である。
16 そして、アートマンを行為の主体と見る人は、知性がないために正しく見てはいないのである。
17 自我意識によって知性が乱されていない人は、この世で人を殺しても殺したことにはならず、自分の行為の結果に束縛されることはない。
18 知識、知識の対象、知識を得る人、これらは行為が生じるための三つの要因である。行為の器官、行為、行為する人、これらは行為が蓄積される三つの要因である。
19 知識、行為、行為する人、これらの要因は、グナの性質に応じてそれぞれ三つに分けられる。それらもよく聞け。
20 万物の中に破壊できない本質があると知り、多様に分割されたものの中に一様なものを見るとき、それはサットヴァ的な知識である。
21 万物の中に、多様な事物を個別に認識するとき、それはラジャス的な知識である。
22 多様な事物の中の一つを、それしかないと考えて執着する、根拠のない真実から離れた知識は、タマス的な知識である。
23 結果を期待せず、好き嫌いなく、執着から離れて、定められた義務を行うとき、それはサットヴァ的な行為である。
24 欲望を満たすために、あるいは自尊心によって、多大な労力のかかる行為は、ラジャス的な行為と言われる。
25 将来の束縛や損失、他者に損害を与え、自己満足のために、妄想によって行われる行為は、タマス的な行為と言われる。
26 物質的な束縛から離れて、自尊心によらずに、決意と熱意を持って、成功と不成功を平等に受け止めることのできる人は、サットヴァ的な行為者と呼ばれる。
27 行為の結果を求めて、欲が深く、他人に嫉妬し、不浄で、喜びと悲しみで心が乱される人は、ラジャス的な行為者と呼ばれる。
28 経典の教えに従わず、物質的で、頑固で気難しく、他人を軽蔑し、嘘をついたり、怠惰で怠けている人は、タマス的な行為者と呼ばれる。
29 知性と忍耐についてもグナに応じて三種類ある。アルジュナよ、それらを詳しく教えるから聞け。
30 活動しているものと静止しているもの、すべきこととしてはならないこと、恐れるものと恐れる必要のないもの、束縛するものと解脱に導くもの、これらに対する知性がサットヴァ的な知性と呼ばれる。
31 しかし、知性におけるダルマ(美徳)とアダルマ(悪徳)を、なすべきこととそうでないことを不適切に判断する場合、それはラジャス的な知性と呼ばれる。
32 無知によってアダルマをダルマと錯覚し、全てのものに誤った解釈をする知性は、タマス的な知性と呼ばれる。
33 心と呼吸と感覚を制御し、ヨーガによってその忍耐が揺るぎなく保たれるとき、それはサットヴァ的な忍耐と呼ばれる。
34 また、行為の結果を求めて、ダルマ(法)、カーマ(欲)、アルタ(富)に執着するとき、それはラジャス的な忍耐と呼ばれる。
35 そして、知性のない人がその頑固さによって、睡眠、恐れ、悲しみ、不機嫌、妄想を手放せないとき、それはタマス的な忍耐と呼ばれる。
36 バラタ族の雄牛(アルジュナ)よ、次は修練によって楽しみを得て、苦しみを終わらせることのできる三種類の幸福について聞け。
37 最初は毒のようで最後には甘露のようになる幸福、自己についての知性を与え満足させてくれるもの、それはサットヴァ的な幸福と言われる。
38 感覚が対象と交わるときに生じる、最初は甘露のようで最後には毒のようになる幸福、それはラジャス的な幸福と言われる。
39 始めから終わりまで自己を迷わせ、睡眠や怠惰、妄想から生じる幸福、それはタマス的な幸福と言われる。
40 地上にも天の神々にも、プラクリティ(物質原理)の三つのグナから解放された者はいない。
41 敵を征服する者よ、バラモン(祭司)、クシャトリヤ(武士)、ヴァイシャ(商人)、シュードラ(奴隷)の四つの種姓の活動は、グナから生まれ、スヴァバーヴァ(自性)によって分けられる。
42 静寂であり、自制と苦行に努め、清浄で、忍耐があり、正直で、知識と知恵を持ち、信仰に厚い、これらはバラモンのスヴァバーヴァによって生じる行為である。
43 勇敢で、力があり、決意が堅く、俊敏で、戦場で退くことがなく、布施を行い、指導力を持つ、これらはクシャトリヤのスヴァバーヴァによって生じる行為である。
44 農業と牧畜と商業は、ヴァイシャのスヴァバーヴァによって生じる行為である。他の種姓に仕えることが、シュードラのスヴァバーヴァによって生じる行為である。
45 自分の種姓に応じた行為に専念する人は悟りを得る。自分の行為に努める人が、どのように悟りに達するのかを聞け。
46 万物の根源であり、この世界を遍く満たしている主を崇拝し、自分に与えられた役割に専念することで、人は悟りに達する。
47 他人の義務を行うよりも、未完成であっても自分の義務を行う方が優れている。スヴァバーヴァによって定められた行為に従えば、人が罪を犯すことはない。
48 生まれによって与えられた行為は、それが好ましいものでなくても、捨てるべきではない。アルジュナよ、火が煙で覆われてしまうように、あらゆる行為に欠点が生まれてしまうのだ。
49 知性によって執着から離れ、心を制御し、欲望を持たない人は、行為に影響されない最高の悟りを得ることができる。
50 アルジュナよ、悟りを得た人がどのようにブラフマンに達するのか、簡潔に教えよう。これは知識の最高の境地である。
51 知識によって浄化され、堅い意志によって心を制御し、音声などの感覚の対象から離れ、愛着や憎悪を捨てて、
52 人里離れた場所に住んで、食事を制限し、言葉と身体と心を制御し、瞑想や離欲に努めて、
53 誤った自己認識、暴力、自尊心、欲望、怒り、物質的な所有から離れて、常に心を寂静に保つ人はブラフマンとの合一に至る。
54 ブラフマンと合一し、完全な至福を得た人は、あらゆるものを平等に見て、何かを求めたり、何かを失って悲しむことはない。その人は最高のバクティ(信愛)を得ている。
55 私に対するバクティによって、彼は本当の私の姿を知る。このように私を知るとすぐに、彼は私の元に来る。
56 私の保護の元で活動する人は、私の恩寵によって、永遠に滅びることのない住処に達することができる。
57 知性によって、あらゆる行為を私に投げ出し、私に専念して、ブッディ・ヨーガ(知性のヨーガ)によって常に私を心に想い描け。
58 心が私から離れなければ、私の恩寵によってあらゆる苦しみを乗り越えることができる。しかし、もし誤った自己理解によって私の言葉を聞かないなら、あなたは滅びるだろう。
59 あなたが自分の意見として「私は戦わない」と考えたとしても、それは誤りである。なぜなら、プラクリティの働きによって、あなたは戦いに従事させられるから。
60 アルジュナよ、あなたは自分の本来の性質に支配されているので、あなたが望まなくても必然的にそれを行わなければならなくなる。
61 イーシュヴァラ(至高主)はあらゆる生命の心臓に宿り、万物を生じさせる幻影の力によって、世界は機械仕掛けのからくりのように動かされている。
62 アルジュナよ、私に全てを捧げよ。そうすれば至高主の恩寵によって、最高の平安を得て、不滅の住処に至るであろう。
63 これで私は、秘密にされた最も重要な知識をあなたに伝えた。この教えについてよく考え、あなたが正しいと思うことを行え。
64 そして、私はあなたをとても親愛しているので、もう一度、あらゆる教えの内で最も深淵な教えを伝えよう。
65 常に私を想い、私のバクタ(信者)となりなさい。私を供養し、私を礼拝すれば、あなたは私の元に来ることができる。親愛なる友であるあなたに、このことを約束しよう。
66 全ての宗教を捨てて、ただ私のみに身をゆだねなさい。そうすれば、私はあなたを全ての罪から解放しよう。心配することはない。
67 苦行しない者、献身的ではない者、私を信奉しない者、私を妬む者には、決してこの知識を教えてはならない。
68 私のバクタたちの中で、この最も深淵な秘密が教えられた人は、疑いなく私の元に来るであろう。
69 この世の中で、そして私の信者の中で、彼ほど好ましい人はいない。
70 私たちの間で交わされたこの神聖な対話から学ぶ人は、知性によって私を供養しているのだ。
71 誠実で、他人を妬まず、この教えを確かに聞いた人は、苦しみから解放されて、敬虔(けいけん)な人々が住む喜ばしい世界に行くことができる。
72 アルジュナよ、あなたはこの教えを十分に注意深く聞いたか。あなたの無知と迷いは消えたか。
73 アルジュナは答えた。クリシュナよ、私の迷いはなくなりました。あなたの恩寵によって理性を取り戻し、疑いは去りました。あなたの教えに従って、実行しましょう。
73 サンジャヤは言った。私はこのように、クリシュナとアルジュナの偉大な魂による対話を聞きました。
75 私はヴィヤーサの恩寵によって、ヨーガのイーシュヴァラであるクリシュナから、最高のヨーガの教えを直接聞くことができました。
76 王よ、クリシュナとアルジュナの対話の中で語られたこの素晴らしい教えを思い返す度に、私は繰り返し歓喜を味わうことでしょう。
77 そしてまた、クリシュナの非常に荘厳な姿を思い出して、私は恐れおののき、繰り返し歓喜するでしょう。
78 ヨーガのイーシュヴァラであるクリシュナと弓矢を持つアルジュナがいるところに、幸運と、勝利と、栄光と、規律があると私は確信します。

